第6話 取引と思惑

土の賢者、土屋章は透真に肉薄した。

「っ!」

透真は咄嗟に反撃しようとするが、章の動きはそれを圧倒的に凌駕する速さで、気付けば透真の後ろに立っていた。

しかし、透真は傷を一切負っていない。

「君、面白いもの持ってるね」

「それは……!」

章の手元には透真が持っていたはずの賢者の石が存在していた。

「君たちは侵入者だったから殺しちゃおうかと思ってたけど、これくれたら許してあげても良いよ?」

「そんなこと……」

するわけないと、透真は言おうとしていたが、それは美空に阻止された。

「私達は元々、貴方にこの賢者の石を渡すために来たのよ。だからそれは貴方にあげるわ」

(私に話を合わせなさい。そうしなきゃ殺されるわよ)

(了解)

美空は章に話を合わせつつ、透真に言外に語りかけた。

「でもよくここがわかったね。ヨシミヒャクアナ?だったかな。ここ、森に囲まれてて分かりづらいと思うんだけど」

現在透真達が居るのは埼玉県にある吉見百穴。

ここは富士山同様世界の融合に伴って周囲が森に囲まれているほか、高さと穴の数が二倍近くまで変化していた。

「私達だって馬鹿じゃないわ。こんな世界でも調べる手段は山ほどある」

「こんな世界……ね。僕は結構気に入ってるんだけどな、この世界。君たちだってせっかく勇者になれたんだから、そんな言い方をしなくてもいいだろうに」

「確かに、そうかもしれないわね」

そう言う美空の顔には僅かに翳りが見られた。

「待て、何でお前は俺たちが勇者だと知っている?」

「見りゃわかる。勇者は普通の人間よりも魔力が多いからね。ただ……」

章は悔しそうに口元を歪めた。

「前にここに来た勇者、あいつは桁違いの実力を持っていた。僕じゃ絶対に敵わない」

「三人目の勇者か……、そいつは何でここに来たんだ?」

透真はふと疑問に思ったことを口にする。

「教えられないね。ああでも、僕に協力してくれるんだったら教えても良いよ」

二人は顔を見合って、その後美空が代表して答えた。

「協力するわ。私達にできることであれば何でもすると約束する」

「……わかった。教えよう」

すぐに返答が来たことに僅かに瞠目した章だったが、一拍置いて説明を始めた。

「賢者の石の回収に来た。今はないって答えたら一ヶ月後に来るって言ってたよ」

「それで、俺たちに何をして欲しい?」

「君たちには交渉のときに近くに居てもらいたい。君たちが勇者だと話したら仲間になるかもしれない。それは君たちの本望でしょ?」

何でそれを知っているのか、それを問おうとした透真だったが、聞いたところで答えてもらえないことはわかっていたので質問は控えた。

そして、代わりの質問を投げかける。

「それはいつの出来事だった?」

「丁度二週間前だね。だから残りの期間は十六日かな」

「なるほど……」

「どうする?美空」

「どうするって言っても、私達に拒否権はもう無いのよ。だから彼に同行する。そして必要があれば交渉、あるいは戦闘も行う」

「でもそいつ強いんだろ?こいつが勝てないようなら俺たちでも怪しい」

負けるくらいなら戦うのは御免だと透真は考えていた。

透真の場合は《透化》を使えば逃げられるかもしれないが、章と戦ったときのように反応できない速さで接近された場合は発動が間に合わない可能性があるため現実的な手段とは言えない。

だが……

「バカね貴方は。だからこそ今から特訓するんでしょう?」

美空は自信に満ちたその顔に、柔らかく笑みを湛えていた。

(バカはどっちだ……)

透真はそんな美空の様子に半ば呆れていたが、やはりそうするしかないのだと自身も決意を固めた。

「わかった、俺も協力しよう。次会うときにはお前よりも強くなってやる」

「君たちには期待してるよ、本当に」

章も少し嬉しそうな表情を浮かべてそう返した。

「って、もうこんな時間。それじゃあ私達は戻って遅めの昼食にしましょうか」

時計を見て現在時刻が十四時を過ぎていることに気づいた美空は透真に提案する。

「そうだな。また会おう、章」

「うん、また」

短く言葉をかわすと、程なくして二人はその場を走り去った。


その日の夜、二十時くらいのことだ。

美空と透真は美空の部屋で今日の出来事について話し合っていた。

「お前、賢者を殺すって言ってたのに協力して良いの?章殺す前に俺たちが三人目の勇者に殺されそうだけど」

「逆よ。勇者サイドについて、あいつを殺させれば良い。だから、私達はその時に勇者がこっちを狙ってきたときの対策を考えるのよ」

強い方につく。

この世界は弱肉強食の世界だからこそ、誰もが使う常套手段とも言える行動だ。

「なるほど。じゃあ明日から毎日訓練三昧ってわけか」

「ええ。……そうだ、せっかくならいろんな能力とか使ってみたいし、能力者がいっぱい居そうなところにいってみましょうか」

「こう考えると勇者の能力ってかなり強いな。能力覚えれば使えるとか」

「そのかなり強い能力を相手も持ってるんだけどね……」

美空は微苦笑し、顔を絶望に染める。

「だったらそれ以上に多くて強い能力を手に入れればいいだけだ。早速明日から行こうか」

「ええ、そうね」

かくして、二人の地獄のような特訓は幕を開けた。

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融合世界と二つの能力 Ria @ria0076

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