第3話 罰

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 晃が私の元を訪れるのも唐突なら、急に姿を消すのも唐突だった。

 朝に晃に起こされて朝食を作り、晃に見送られて仕事に向かい、帰ってきてから二人の夕食を作る。そんな毎日が半年間続いたというのに、その日の朝、晃は私を起こしには来なかった。それどころか、部屋のどこにも晃はいなかった。


 それまで独りで外に出かけることのなかった晃だ。急に外に出るとも思わなかったが、もしかしたら近所のコンビニにでも出掛けているのかもしれないと思っていたが、一週間経っても、晃は帰って来なかった。

 もしかして、元の生活に戻れる算段がついたのかもしれない。それならば一言何か言ってもよかろうに、と思ったが私に彼のことをとやかく言う権利はない。


 晃がいなくなって、寂しさを覚える自分には驚いた。独り身も長い身だし、正直なところ、妻と別れてからはもうその暮らしを死ぬまで続けるものと思っていた。私はこの人生を全て仕事に捧げるのだと、そう決心していたから。


 だが、流石に半年も一緒にいれば当たり前のことか。

 晃がいなくなったその日の朝は、もしかしたらすぐに戻ってくるかもしれないと二人分の目玉焼きとウインナーを焼いたが、結局独りで食べる羽目になった。


 夕食時も、もしも晃が戻ってきた時にあれば嬉しいだろうと思い、彼がよく私にせびっていたサーモンの刺身を買ったりした。


 人は独りでは生きてはいけない。私たちは社会の中に生き、生かされている。子供たちにもよく言うことだ。だが、それをこれほどまでに実感するのは久しぶりのことかもしれなかった。


 急に現れて、急に消えた彼のことだ。彼が私を必要とするなら私は彼のために何でもする。だが、彼が自分から消えると言うなら、私から彼を探すこともない。

 実際に、人殺しのことが誰にもバレずに中学を卒業してからも、それから一人暮らしを始めることになったから助言が欲しいと大学生になったばかりの彼に呼び出されてからも、私から彼に何か言うことはなかった。


 本来、私と彼とはただ昔教えた学舎にいただけの教師と生徒。それも晃は転校してしまって私が卒業を見届けたわけでもない。密にし過ぎているもおかしな話だ。


 次に彼が私のもとを訪れるのはどんな時か、できればあまりよくないことに手を染めることはやめて置いて欲しいが──。


 そんなことを考えている間もあまりなかった。


 晃は思ったよりもすぐに、私の元を訪れた。濡れた子犬のような目で。あの日とは違い、今度は乾いた目で。


「はは、先生せんせー。どうしようこれ」


 晃の手にはナイフが握られている。あの日と同じように。赤く鈍く光る刀身を携えて。


「行くぞ」


 私は玄関にある車の鍵を手に取って、晃の手を引いた。

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Nobody knows 宮塚恵一 @miyaduka3rd

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