第2話 死
3
晃との奇妙な共同生活は半年間続いた。
初めのうちは外に出ることを拒んでいた晃だが、数ヶ月経ってからはスーパーやコンビニの買い出しくらいには付き合うようになった。
やれ焼き魚を食べたいだの、刺身が良いだの、今日は肉を焼いてくれだの注文がうるさかったが、できる限り晃の言う通りに献立を用意した。晃のためというよりも、そちらの方がその日何を食べるかを考えなくて済むから楽だったというのもある。
晃は時折、自分の電話で知り合いに連絡をして自分の置かれた様子を確認しているようであったが、詳しくは踏み込まなかった。
この生活がどのくらい続くのかというのも考えてはいなかったが、ある日ふと「いつまでウチにいる気だ?」と訊いたら、晃は困ったような顔で「おれも早く普通に帰りたいんだけどねー」と笑った。
「大学の単位とか、大丈夫なのか」
「それは大丈夫。必要な授業には2年生のうちまでには大抵出たし、そうじゃないのはリカバリできる。あー、でも後もう少し長引いたら厳しいかも」
「戻るわけにはいかないのか」
「殺されちゃうよ」
そんなことを、さらっと言うものだからそれ以上、大学のことや今後のことについて話すのはやめておいた。
晃は夜大抵、毎日のように夜更かしをして私の部屋のテレビやゲームを占拠していたが、時折お預けを食らった子犬のような顔をして、私の寝ている側に座ることがあった。
そんな時は決まって「昔のことを思い出すんだ」と言う。
「おれは間違ったことをしたとは思ってないよ」
「ああ」
「でも、やっぱりたまには夢に見る」
「ああ」
「
何のことかなんて野暮なことは聞かない。俺はただ一言「感謝してる」と答えるのみだ。そうすると晃は満足気にはにかんで、またテレビを見に居間に戻るのだった。
4
娘の秋穂が死んだのは、まだあの子が十ニ歳を迎える頃だ。これから中学生になって、私の教える中学校に入学するという頃になって、彼女は死んだ。
彼女を死なせたのは、地元の高校生男子だった。誰が死なせたのか、そいつが彼女をどう死なせたのかまではっきりわかっていたのに、彼に裁きはくだらないことに、私は教職の身でありながら許せなかった。
あの子のこれからを生きる未来を奪ったばかりでなく、死ぬ直前に抵抗できないままに絶望を味わされたあの子のことを思うと、その絶望を味わせた奴にそれ以上の苦しみを与えてやらずには気が済まなくなっていた。
仕事も休暇を貰い、家とカウンセリングとを行き来する毎日を続けている最中に、晃は現れた。
「
半グレに追われて私の部屋を訪れた時と一緒だ。ある日、突然私の前に現れた晃の手には血塗られたナイフが握られていた。
「でもどうしよう。おれ、これどうしたらいいかわからないや」
ぽろぽろと涙を流す晃を、私は自分の車に乗せて、彼の案内で彼が殺した死体のある場所まで向かった。
晃は昔、私の勤める学校でイジメを受けていた生徒だった。
私の受け持ったクラスでこそなかったが、同じ学校の教え子だ。私が彼がイジメられていることを知ったのは、たまたまだった。
人通りの少ない別棟の男子トイレ。そこから聞こえる啜り泣きを聞き、私はそこで頭からびしょ濡れになった晃を見つけたのだった。子供たちの間にイジメがあった時に、大人できることはできることはそう多くない。唯一できるのは、そこに一人の人間が虐げられた現実を認めることだ。
私は晃の担任、両親、学校の校長全員にイジメのことを知らせ、すぐにでも対応をするように呼びかけた。後数年経てば、娘も入学する学校だ。教師ができることは全てちゃんとやりたかった。
私の対応が早く、同じ親としての気持ちも伝わったのも良かったのだろう。両親は状況をよく理解して、すぐに転校の手続きを進めた。私は転校してからも何度か晃とその両親とに連絡をして、その後の経過も見届けた。晃は新しい学校ですっかり馴染むとまではいかなくとも、こちらの学校にいた時よりも元気に学校に通えるようになったと聞き、私はホッとした。
そんな頃に、秋穂は死んだ。私から晃の家への連絡もパタリと止んだ。たまたま手に取った電話に晃のご両親が出た時に「ほっといてください」とぶっきらぼうに言ってしまったのだが、両親はうちの校長に尋ねて私に何があったのかを知ったようだった。
それで晃も、両親から直接聞いたわけではないが、私に何があったのかを知ったのだ。
晃が選んだのは、私の娘を死なせた
本来なら、そんなことはうまくいくはずもなかったのだ。だが、運命か天か、それとも悪魔か、何かが彼の味方をしたのだ。晃は公には名前を伏せられている犯人の名前をすぐに突き止めて、殺してしまった。
名前を突き止めること自体は難しくなかったと当時の晃は言っていた。
地元での話だ。学校のコミュニティをネット経由で見つけ、そこで事件の話をしている高校生をたまたま見つけられてしまった。女の子を浅慮で死なすような奴だ。脇が甘いのも事実だったろう。
私は晃の殺した死体を、山に埋めた。
晃がやったこと、娘を死なせた男が葬られたこと、そのことは全て、晃との私の胸の内にしまったままに。
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