Nobody knows

宮塚恵一

第1話 晃

          1


 仕事から帰って来ると、部屋の中がビールの空き缶やコンビニ弁当のゴミで散らかっていた。コンビニ弁当は私が昼飯のために用意したものだが、ビールは自分用に冷蔵庫に入れておいたものだ。六本はあったのにもう四本も勝手に消費されている。私の部屋も元々綺麗な部屋ではないが、それでも一日でこれだけの惨状になることは聞いていない。

「散らかしたものは片せよ」

 私がそういうと、あきらは分かっているのかいないのか、ごめーんと返事をして食べていたポテトチップスの袋をポイと床に放った。その菓子も、確か台所の棚に置いておいた物の筈だが勝手に食べたのだろう。

「もしかして、飯がそれか?」

「昼飯の弁当以外なんもなかったし」

「夕飯はこれから作る」

先生せんせー、料理できるんだ?」

「独り暮らしだからな」

「独り暮らしだからできないって人も多いじゃん」

 それもそうか。単純に節約のため、特にカレーや煮物などの日持ちする料理を作って数日もたせるようにしているのだが、晃が来た昨日はちょうど作り置きを切らしてしまっていたのだ。

「何作んの?」

「期待するな。カレーだ」

先生せんせーのカレー楽しみ」


 言って晃は、いつの間にかTVでサブスクサービスのページを開いてアニメを見始めていた。どうやら私がいない間にこの家にあるものの使い方は粗方試したというところか。

 思わずため息を吐いた私を見て、晃はクスクスと笑った。



          2


 晃と会うのは三年ぶりだった。

 彼が中学を卒業して四年後、大学生になっていた晃と顔を合わせたことがあったから、それ以来だ。大学生の彼に再開した時も驚いたが、かつての教え子であった晃はその時よりも更に大人びた顔付きになっていた。かつてのあどけなさは消え、大人の男としての雰囲気を醸し出す晃はしかし、私の住むアパートに来た時にはその雰囲気も霞んでいた。初めは誰だかわからなかった程だ。汚れた衣服に、疲れ切った表情、そして何よりも私が玄関の戸を開けた瞬間に倒れこんだ時、腹部をぬらぬらと濡らす血が目を引いた。

 警察と救急車を呼ぼうとした私に、晃はか細い声で「サツも病院もやめてよ、先生せんせー」と呼びかけて、それでようやくそこに現れた人物が晃であると知った。

 晃は玄関前に座り直すと、応急処置はしてるから大丈夫だと言い、風呂と布団を貸してくれないかと言った。私は言われた通りに風呂を貸し、着替えも用意して、寝る場所を準備した。朝になるまで晃は起きなかった。眠り続ける晃を見ているうちに私も眠くなり、寝落ちしてしまったが、そんな私を昨夜の弱弱しさはどこへ消えたのか、晃はソファで眠った私を「おはよう、先生せんせー」と明るい声で起こした。

 急な来客に用意できるものも特になく、シリアルと牛乳で簡単に済ませて最寄りのコンビニまで弁当を買ってきた。

 朝食を食べながら、晃は昨夜どうしてあんな様子で私の家を訪ねて来たのかを話してくれた。


 晃が言うことには、大学で知り合った友人たちとちょっとしたをしていた故の顛末だったと言う。ネットで買い付けた個人情報などをもとに方々にメールを送り、そこで引っかかった人間を相手に金を巻き上げる。晃がそんな詐欺行為に加担していたことに私は口を挟もうとしたが、説教は勘弁ね、と流されてしまった。

 そんなバイトをしていたら、同じような仕事シノギをしていた同業者半グレに目を付けられてしまい、晃達のグループとその同業者とで話し合いの場を設けることになったそうだ。


「でもおれだからさー。ほら、おれってむかつくこと嫌いじゃん?」

「嫌いじゃんじゃないが」

「お互い良くないバイトしてる身だし、干渉しないでおきましょうとかカチ合わないように協力しましょうとか、そういう姿勢だったら分かったわけ。だけど、あいつら自分らの許可なしにそういうことするな、やるなら上納金アガリを寄越せ、とかいうわけよ。はっ、どこの時代のヤクザだよってんだ」


 先方の態度が気に入らなかった晃はそのまま激情し、に来た同業者半グレグループの代表をぶん殴ってしまったらしい。


「仲間も薄情なもんでさ。おれが的にかけられたらソッコーで土下座きめるわけ。それで行くと来なくてさ。先生せんせーしか頼る人もいなかったから。ごめんね」

「いや……そういうことなら、いいさ」


 色々と言いたいことはあるが、晃が危険に巻き込まれていて、私が微力でも協力できると言うなら私は何も言うことはない。彼のことを守るだけだ。


 晃が秋穂の仇を殺してから、私にはそれ以外の選択肢などないのだから。

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