アナザーストーリー

 1LDKの部屋に男と女が無言で座ってテレビを見ていた。テレビには先日逮捕された宗教法人の教祖の男が映し出されていた。

 

(横領や詐欺、放火の罪で先日逮捕された宗教法人クエーサーの教祖である相澤大葉容疑者が、他の犯行も自供し警察は他にも余罪があるとみて慎重に捜査を進めています)

 

 テレビからそう言葉が聞こえてくると、女の方がリモコンを操作し、テレビを消した。

 

「私たちこんなに大きな事件に関わっていたんだよね……」

 

 そう語ったのは大学生の津川真琴だ。

 

「本当驚きだよな……」

 

 彼女の言葉にそう反応したのは、同じく大学生で津川真琴の彼氏である達川晴翔だ。

 

「瀬戸君何で……」

 

「真琴……起きてしまったことはもうどうしようもないよ。真琴は間違ったことをしていないよ。俺がもう少し竜也に寄り添えていれば、何か変わったのかもしれないけど……」

 

 この1週間前に彼女らは友人を更に1人失っていたのだ。今日はその友人の葬式だった。それで達川のアパートに2人でいたのだ。葬式終わりだってこともあって、2人のムードは最悪に暗いものだった。

 

「結局、山根さんのお父さんで、クエーサーの弁護士をしていたあの人はどうなったの?」

 

 クエーサーの犯罪の殆どは教祖の相澤が企て、裏で弁護士である山根正志が恐喝まがいの言葉で丸く収めていた。弁護士の山根の娘で、名を山根茉希と言う彼女は警察官として警察署で働いていて、田尾沙也加を探している時に真琴や晴翔とは知り合いになっていた。

 

「被疑者死亡で送検されたって……ネットの記事によると、恐喝、詐欺、背任、傷害、文書偽造、電子計算機損壊等業務妨害の罪に問われていたんだって……山根さん大丈夫かな……」

 

「一度お礼も兼ねてご飯にでも誘ってみない?」

 

「それはいいけど……どんな顔して会えばいいのかな?」

 

 公にはなっていないが、山根茉希の父、山根正志は彼女らが探していた田尾沙也加によって殺されていたのだ。田尾沙也加の肩を持ちたい彼女らにとっては会わない方がいい存在なのだ。

 

「顔を合わせにくいのはわかるけど、蟠りを抱えたまま居たくないよ……山根さんは私たちにあんなに親身になってくれたんだよ……どんな事情があれ私は会いたいかな……」

 

「それもそうだな。せっかく仲良くなれたのに、喧嘩別れのようなことは嫌だよな」

 

「美人なお姉さんと仲良くなれて嬉しかったのでしょ。このまま仲直りしない方がいいんじゃない」

 

「違うって……真琴ってすぐそういうこと言う……流石に年の差あり過ぎてそんな感情になれないって」

 

「年の差ってたったの5歳だよ」

 

「それでも俺は嫌なの……それに素の顔を知っているから、恋愛感情は湧かないよ……」

 

「へえー。山根さんに会ったらそれ言ってもいいかな?」

 

「絶対に言わないでよ……何かそんなこと言っていたら急に会いたくなくなってきたよ」

 

「分かった分かった。山根さんには言わないから運転よろしくね」

 

「山根さん以外にも言わないでよね」

 

「それは気分次第かな」

 

 日付が変わって、彼女らは山根茉希と夕食をともにしていた。豪華な食事などではなく、過去に1度瀬戸も含めて4人で来たことのあるどこにでもあるファミレスだ。思い出話を兼ねて真琴がこの場所を指名した。

 ファミレスの中では、家族連れの客やカップルが楽しい会話を弾ませていた。ただ真琴たちのテーブルでは弾ませる会話がなく、3人は黙々と食事を進めていた。

 

「あの山根さん……」

 

 真琴が気まずそうに山根茉希に話し掛ける。

 

「気を使わなくてもいいよ。父は大きな罪を犯したんだ。死んでしまったのは単なる報いだよ。強いて言うのなら、そんな大罪人を私の手で捕まえれなかったことが悔やまれるかな。それよりも、瀬戸君の方が大変だったでしょ。まさかね……彼女さんと同じ道を辿るとは思わなかったよ……」

 

 山根茉希の言葉で再び沈黙が訪れる。次第に食べていた手も止まっていた。そんな沈黙を破ったのは真琴だった。

 

「あの山根さん……すみません……」

 

 そう言った真琴を山根茉希は止めた。

 

「その言葉は聞きたくないかな……もう過ぎたことだし、君たちは悪くないでしょ」

 

「そうかもしれませんけど……」

 

「津川さん……いや、真琴ちゃんが言うことじゃないでしょ。私たちはお互いに間接的に関わっていただけ。そう言うことにしておこう。私もこれ以上は言わないから」

 

「はい……分かりました……」

 

「もうこの話は終わり。これからは単なる友人ってことでいいでしょ」

 

「……はい!」

 

「それから、歳は5つも上だけど私に敬語なんて使わなくていいよ」

 

「それはちょっと流石に……」

 

「そうか……相変わらず真面目だね。真琴ちゃんは……そんなに真面目にしているといつか損をするよ。たまには変わったことをするのはおすすめだよ」

 

「……は、はい」

 

 そう話している時には3人とも注文したものを食べ終えており、蟠りを解消するための話し合いも終わり、話す話題にも困り、外に出た。会計は真琴が晴翔と割り勘をして出すつもりだったが、山根茉希が「私は社会人だから」と全額出した。

 

「山根さん。ありがとうございます。ご馳走様でした」

 

「いいってことよ。大学生の使えるお金なんて少ないんだから自分のためにお金を使いな。君らが社会人になったら、その時私に奢ってくれよ。タダ酒飲ましてくれると嬉しいかな」

 

「最後の一言で急に奢る気がなくなりました」

 

「あははっ。真琴ちゃんって、面白い子だね。今日は誘ってくれてありがとね。じゃあ私は帰るね。2人とも気を付けて帰りなよ」

 

「はい」

 

「ありがとうございました」

 

 山根茉希はファミレスの左端に停めていた車に乗ってこの場を後にした。

 

「私たちも帰ろうか」

 

「そうだな」

 

 真琴たちもこうしてファミレスを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キミがいないナツ 倉木元貴 @krkmttk-0715

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画