第45話 (本編最終話)
「僕もこんな朝早くに来ているとは知らずに初めは驚いたけど、前から1度でいいから行ってみたいなって思っていたから、せっかく誘ってくれているし気分転換にも丁度いいと思って……」
津川さんは黙り込んだ。最後の言葉は余計だったな……
「……わかった……来るまでまだ時間かかる?」
「う、うん……まだ僕の家を出たばかりだから……」
「そう……わかった。用意するから着いたらまた連絡して」
「わかった」
25分くらい達川君が車を走らせて津川さんの実家に着いた。
「着いたら連絡してって津川さんが言ってたよ」
「そうか。じゃあ電話してみようか」
達川君は津川さんに電話をした。何故か達川君はスピーカーにして僕にも聞こえるようにした。
「あ、もしもし、真琴。着いたよ」
「そう。今から行く」
「じゃあ下で待っているよ」
会話はそれだけだった。それから数秒で津川さんはやって来て、達川君の車の助手席に乗り込んだ。
「こう言うことをするのなら事前に言ってくれないと」
「ごめんごめん。夜中にふとそうしようかと思って、真琴ももう寝ているだろうから誰にも言えなくて、早起きして竜也を迎えに行ったてわけよ」
「夜中にそう思ったのだったら、朝にでもメッセージくれればよかったのに」
「いやー、それは悪いと思っているよ。でも、気づいたら身体が勝手に動いていたんだよ」
「まあ、そんなことだろうと思ったよ」
「さすが俺の彼女。よくわかっているな」
「殴ってもいい?」
「事故していいなら……」
2人は僕を励ましてくれようとしているのかもしれないけど、カップルコントのような会話を今見せられるのはしんどいな。2人はとてもいい人なんだけど、今だけは少し苛立ちに似た感情が僕の中に芽生えていた。
「瀬戸君ごめんね……晴翔が朝早くに迷惑だったでしょ?」
「ううん。そうでもないよ。母さんも喜んでいたよ『竜也の友人なんて久しぶりに見た』って」
「大学が県外だから実家に友達なんて連れて行かなくなったよね」
「そうそう。実家に呼ぶくらいならどこか違う場所に遊びに行くようになったね」
「私も、晴翔以外の人を実家に招き入れたのは高校の時が最後だよ」
「俺なんか実家だったら中学以来誰も入れてないな。遠かったし、中学の友達と高校時代ほとんどつるんでないからな」
「中学時代友達少なかったんだ」
「違うわ。みんな遅くまで部活して休日も部活だったから遊ぶタイミングがなかったの。なあ、竜也もそんな感じだっただろ?」
「うん。確かに、中学の同級生は同じ高校でない限り遊んでいなかったな」
「ほらみろ」
「たまたまでしょ」
行き道はこんなくだらない会話をずっと続けて、2人で会話を盛り上げていた。水族館に着くと、話題は水族館の話になり変わっていた。ようやく僕も息ができるようになって、水族館は楽しかった。廃校を水族館にしているのが面白かったし、学校のプールなのにサメが泳いでいて世界で一番危ないプールじゃないかとも思った。廊下の隅にある手洗い場に、なまこと伊勢海老がいたことにも驚いたし、教室の中に水槽が並んでいて不思議な学校に迷い込んだみたいだった。
だけど、今の僕には少し物足りなかった。もしこの場に沙也加がいたなら……ずっとそんなことばかり考えていたから。楽しかったけど、思っていた気分転換にはならなかった。心の穴は埋まらなかった。逆に虚しい気持ちだけが心に残った。
そんな気持ちを抱えたまま、僕は沙也加の命日を迎えた。
みんなで沙也加のお墓参りに行こうと、達川君は早起きを頑張ってくれて僕たちは達川君の来るまで三間市を目指していた。
「達川君……」
「うん? どうした?」
「お墓参りが終わったら、沙也加の実家に行ってくれないかな?」
「おお、いいけど、何でだ?」
「沙也加が亡くなった場所だから、花でも添えようと思って」
「ああ、そう言うこと……わかった。終わったらそうするよ」
「遠いのにごめんね」
「いいよ。どうせ帰る方向は一緒だし」
「ありがとう」
三間市にある沙也加の眠っている勝慶寺に着いて、僕らは沙也加のお墓参りをした。住職の話によれば、沙也加と沙也加の母の遺品がこのお寺にあるらしい。それを受け取る人を知らないかと話されて、津川さんが沙也加の妹が施設にいると言い、住職の意向もあり僕らは沙也加たちの遺品を受け取り、お墓参りが終わって弥生が運営するユーハウスを先に訪れた。弥生に話を通したが沙也加の妹とは面会できず、弥生に遺品だけを渡してユーハウスは後にした。
「達川君大丈夫?」
「まだ大丈夫……真琴と京都行った時に方がしんどかったから」
「悪かったわね。でも、少し休んでもいいんじゃない?」
「ごめんって言い方が悪かった……」
「別に怒ってないからいいよ。それよりもお昼にしない」
「絶対怒っているやつじゃん」
「お昼」
「もうお昼ご飯の時間だし、どこかで昼ごはんでもたべようか」
僕らは近くにあったファミレスで昼食を摂った。達川君には十分に休んでもらい、沙也加の実家まで運転してもらった。
沙也加の実家に着くと、そこには先客がいた。僕らのよく知っている人、山根さんだった。山根さんとは上野探偵事務所に行って以来連絡さえも取り合っていない。
そんな山根さんに津川さんは話し掛けた。
「あ、あの山根さん……」
「ごめん……今は1人にさせてくれないかな……」
「あ、すみません……」
山根さんは自身が運転していた車で帰って行った。
僕らも沙也加の実家の敷地に入ろうとしたら、さらに人影があった。現れた人影は2人。僕の知らない顔が1人と知っている顔が1人。その知っている顔は如月さんだった。
そんな如月さんに津川さんは、怒った表情で話し掛けた。
「如月さん久しぶり」
「お久しぶりですね。弥生の所で会って以来ですね」
「それはそうと何でここにいるの? それに何で上野君まで来ているの?」
「津川さんに晴翔君久しぶり。高校以来だね」
「私の話聞いていた? 何でここにいるの?」
「何か津川さん変わったね。高校の時とは大違いだよ」
上野とか言う人は津川さんを煽っていた。
「田尾さんは高校の同級生ですから、お亡くなりになられたら花の1つでも手向けますよ」
「あっそ」
津川さんは、如月さんと上野と言った人との会話を途中で放棄して先に敷地へ入った。達川君は2人と軽く挨拶を交わして津川さんの後に続いた。僕も会釈くらいはしようと頭を少し下げて通り過ごそうとすると、突然上野と言う人に肩を持たれた。
「君、変なことは考えない方がいいよ」
「な、何のことですか。すみませんが先に行かせてもらいます」
「そんなことをしても彼女は喜ばないよ」
そんなことを言われたけど、僕は無視して津川さんと達川君がいる場所に向かった。
「沙也加はこの奥で死んでしまったんだよね……」
「そうらしいな……」
山の麓。山根さんも如月さんも、そこに花束を置いていた。だけど、僕は違う。
「津川さん達川君。申し訳ないけど、僕はこれから沙也加が死んでしまった現場まで行くつもりだから、先に帰っていて」
「え? でも瀬戸君はどうするの?」
「近くのホテルに泊まるから大丈夫」
「俺も一緒に行こうか?」
「それは悪いよ。これは僕の自己満足だから、僕1人にやらせてよ」
「そ、そうかわかった。でも、終わったら連絡してくれよ。迎えくらいはいつでもしてやるから」
「ありがとう。そのお言葉に甘えさせてもらうよ」
「じゃあ、終わったら連絡しろよ」
こうして僕は1人で山の中に入った。沙也加が自殺した詳しい場所は、尾形さんに後日個人的に聞いた。これをしようと決めたのは、水族館の帰りの時だった。もう僕にはしんどかったのだ。あの空間が苦痛だったのだ。行かなければよかったとあれから何度も後悔した。でも、水族館は楽しかった。達川君とももっと仲良くなれた気がした。もし沙也加がいたなら、僕らはもっと仲良くなれていた。そう思う。お互いの苦労話を話して。たまには男子だけの愚痴でも言う飲み会を開いて。4人でいろいろなところに出掛けて……そんな楽しい日々があったんだろうな。
だから沙也加……僕は沙也加と同じ道を歩むよ。
沙也加の自殺した木に前日にホームセンターで購入したロープを結びつけて。
僕は自殺した。
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