第44話
読み終えてから、津川さんはまた涙を流していた。
「沙也加……頑張ったんだね……」
今まで僕が見て来た津川さんは、優しいけどクールで泣くことの知らないような人だった。そんな津川さんが大粒の涙を流している。あまり見たくはない光景だった。
そう言う僕も堪えきれずに渡されていた紙を使えなくなるくらいに濡らしていた。
「ごめん……沙也加……僕が……ちゃんと気付いていれば……」
こんな歳になってここまで泣いたのは初めてだった。大量に流した涙、それが止まるのは沙也加の遺書を読み終えてから5分が過ぎた頃だった。
「竜也……真琴……そろそろ尾形さんを呼んでもいいかな……」
「……達川君……ごめん……お願いしてもいいかな」
話は聞ける状態ではあったけど、僕の方から話せる状態ではなかった。
「ああ……わかった。呼んででくるよ」
達川君は席を立って尾形さんを呼びに部屋を出た。この応接間には僕と津川さんだけになった。津川さんは相変わらず多粒の涙を流していて、話を聞ける状態ではなかった。
1分も経たない間に達川君は尾形さんを連れて帰ってきた。津川さんの隣に座りそっと津川さんを抱きしめていた。
「真琴……大丈夫……」
津川さんは何も言わず、大きく頷いた。
「では私から最後に1つだけ……お墓参りに行くのでしたら勝慶寺の住所をお教えします。お聞きになられますか?」
「……お願いします」
尾形さんから勝慶寺の住所と、沙也加の母方の祖母に当たる人の住所も書いた紙を受け取って、僕らは上野探偵事務所を後にした。
「……時間はあるけど、今日は行けないよな」
車を運転している達川君が独り言のようにそう言った。
「うん……今日はちょっときついかな……」
多分僕に話しかけたのだろうと思い、僕はそう答えた。だって、津川さんは泣き疲れてか途中で眠ってしまったから。
「だよな……どうせなら命日にお墓参りに行った方がいいよな」
「うん……そうだね」
「竜也……思い詰めているだろ……」
「思い詰めてはいないけど、精神的にしんどいかな」
「そっか……そうだよな。変なこと言ってごめん」
「ううん。大丈夫だよ」
「竜也……本当に実家に送って行くのでよかったのか?」
「うん。気を遣ってくれてありがとう」
「そんなんじゃないけど、しんどいならいつでもうちに泊まっていいからな。呼んでくれたらいつでも迎えに行くから……」
「ありがとう。その時は頼むよ」
「任せろ! 夕飯も何か作ってやるよ」
「僕料理するの苦手だから、それは頼もしいね」
達川君は眠っている津川さんを送り届けるために僕を実家に下ろして走り去って行った。実家に帰ってくるのは数時間ぶりなのに、何故か何ヶ月も久しぶりに帰ってきたかのように感じていた。それは多分沙也加を失った喪失感からくるものだろう。心に大きな穴が空いたまま塞がっていない。心臓の辺りが変にモヤモヤしてて気持ち悪い。そんなことを自覚すればするほど息が苦しい。頭が痛い。
このまま消えて無くなりたい。
母さんは僕のそんな事情を知らない。特に何かを言うこともなく、今日の夕飯は母さんが作ることが面倒な時に作るカレーだ。辛いのが苦手な母さんの作るカレーは、蜂蜜の影響で甘いのが特徴だ。そんな優しいカレーを食べていると、突然僕の頬に涙が伝った。
「涙なんて流してどうしたんだい。辛かったのかね?」
「ごめん……少しむせただけだから……」
「そう。気をつけなさいよ。若いからといって、ドカ食いするんじゃないよ」
「そんなことしないから大丈夫だよ」
結局、母さんには事情は話せなかった。沙也加とは何度か会ったことはあるけど、僕が言い出せなかった。沙也加が死んでしまったと言うことを口にしたくなかった。
次の日になって、僕は連絡もしていないのに、達川君が朝に颯爽と車で現れた。
「こんな時間にどうしたの?」
「竜也が思い詰めてないか心配で、ちょっと遠くまで遊びに行こうかと思って」
「それでこんな時間に……まだ7時半だけど、どこまで行くつもり?」
「ほら、あの南にある水族館に……」
「それってもしかして、あの廃校水族館のこと?」
「そうそう。真琴も誘って行こうかと」
「他県だよ」
「だから早起きして、こうして迎えに来ているんだよ」
気分転換にはちょうどいいかもしれない。僕も以前から1度は行ってみたいと思っていたから、丁度いいかな。
「わかった。用意するから少し待ってて」
「ああ、その間に真琴にも連絡するよ」
用意を終えて、達川君が待つ車へと向かうと、達川君はまだ電話をしていた。少し焦ったような顔を浮かべていたから交渉がうまく行ってないのだと簡単に悟れた。電話が終わるのを外で待っておくか悩んだけど、空気を読まず達川君の背後の席の扉を開けた。
「達川君、もしよかったら電話代わってくれない?」
「ああ、わかった。真琴、竜也に代わるぞ」
達川君のスマホを受け取り電話を代わってもらった。ただ、僕も無策だから津川さんとの電話には緊張していた。
「も、もしもし……津川さん、おはよう……」
「瀬戸君おはよう。こんな突然誘われて、よくのこのことついて行けるね」
第一声を聞いただけでわかる。津川さんは怒っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます