第二花桜花と山茶花の出会い
「一ヶ月待たせてすみません。色々と忙しかったので」
美しく微笑んで髪を撫でる
「いえ、構いません。花神様にも事情がありますからね」
あれから一ヶ月が経った。
これに対する罰を、
そしてようやく
「花神様、われはあなたが作った花の世界を汚しました。なので、どんな罰でもわれは受けます、いえ、受けさせてく」
「それは必要ありません」
「え?」
驚きで何度も瞬きを繰り返す
しかし、
いや、与えるべきではないと思った。
なぜなら。
「全てわたくしの説明不足で起きたこと。あなたに罰を与える必要など、一つもありません」
冷たく強く美しい言葉だが、
「ですが!」
心が乱れて落ち着かない
「桜木家当主がわたくし花の守り人が与える罰を受けると知ったら、由緒ある名家だけでなく、庶民も不安になり、世界は一瞬で泥に染まって、全ての花が散る」
「あ、そんな・・・」
花の世界の代表である桜木家当主、
だから
だが、
「花神様、では、われの腕に傷をつけてくれませんか?」
「えっ! あなた、なにを言って、それは」
「お願いします! 桜木家の桜の木は、桜世はわれらの大切な宝物なのです。なにもないまま帰りたくありません」
少女のように泣きながら精一杯お願いをする
「分かりました。右腕を出しなさい」
「はい」
「あ、あああっ!」
今まで感じたことのない痛みが
「う、ふう、ああ」
(痛い、痛い。でも、宝物を守るためなら、こんな痛み、大したことじゃない)
桜木家当主として、
どんなことでも、冷静に対処する。
それが当主に選ばれるべき人。
「これで満足しましたか?」
「・・・はい、とても良く」
「では、もう帰りなさい。あなたはもう一人ではないのですから」
「あっ」
その「一人ではない」という言葉が今の
「そうですね、もう帰ります」
抱きしめられた腕を丁寧に離して、
桜木家前当主であり
苦いチョコレート色の細く背中まで長い髪を左肩で三つ編みにし、桜色の瞳。
桜が描かれている紫色の着物は
『この味噌汁は誰が作ったのです?』
大広間に集めた当時次期当主だった
それに恐怖を感じた使用人の一人が恐る恐る手を上げた。
『わ、わたしが、作り、ました』
『お前か』
ゆっくり美しく姿勢を保ちながらその使用人の目の前に立った
『あ、ああっ!』
『うるさい! なぜお前のような草花が桜木家の屋敷で働いているのです、なぜ当主のわれがお前のまずい味噌汁を食べないといけないのですか! 早く理由を言え、言わなければお前の命はない!』
『う、うう』
それも毎日続いていると、使用人の数はどんどん減っていき、食事の味が悪くなるのは仕方のないこと。
だが、
そして今怒られているその使用人は昨日桜木家に来たばかりで名前も草花。
主な花の名前を宿していない人が花の世界で、一番誇り高い桜木家に来た理由はただ一つ。
それはお金。
お金目的で由緒ある名家に働きに来ている人はほとんど庶民ではあるが、使用人になるには必ずテストがある。
掃除、洗濯、料理、その他。
簡単に言えば家事がちゃんと一人でできるかで、当主の仕事を邪魔するようなことをしなければ目をつけられることはない。
しかし、今のように
『お前のような草花が、われの桜に傷がついたら責任を取ることはできないでしょう!』
『・・・・・・』
『なんとか言ったらどうです!』
『・・・・・・』
『お前、桜木家当主のわれを無視するなど、絶対に許しません。死んで後悔しなさい!』
そう言って、
『当主!』
急いで
『当主! 大丈夫ですか?』
『か、ああ、はあ、は』
息を吐く度に血と桜の花びらが口から溢れて止まらず、他の使用人が急いで医者を呼んでいる中、その使用人が怪しげに笑いながら
『お前、一体なにを』
『えっはは! はあ、あなたのせいでみんな死んだんですよ。あなたのわがままでわたしたち庶民は生きにくい世界に変わったんですよ。その自覚を死ぬ前に少しでも持ったらどうですか? 桜見!』
桜木家当主の
『お前、全く自分の立場を分かっていませんね! 当主を、お母様を傷つけたこと、一生をかけて後悔しなさい!』
『桜花・・・』
生まれて初めて「お母様」と言われた
『あ、あああ!』
『ふふはっ』
その使用人の痛ぶって泣き叫ぶ姿を見て、
吐かれた血と桜の花びらをよく見ると、なんと一センチの十本以上の針が
それを知った
『お前、どうやってお母様の体の中に針を入れたのですか! 今すぐ答えなさい!』
『えははっ、簡単ですよ、切った野菜の中にこっそり入れて、それを知らずに桜見が食べた。まさかこんな簡単なことで倒れるなんてばかですね!』
『ちっ』
(絶対にお母様を死なせない。わたしが結婚をするまでは生きて欲しい。お願い、早く来て!)
そう願い続けた奇跡がやって来て。
『すみません、遅れました!』
由緒ある名家専用の医者が二人の看護師を連れて走って来て、
『大丈夫ですよ。すぐに治りますからね』
そう言って、医者は丁寧に
『お母様』
『・・・桜花、大丈夫よ。安心しなさない』
『はい、良かった』
「今すぐ十人ここに来なさい」
と言って、十人の他の使用人が一瞬で姿勢を良く正して来た。
そして
『今からこれを地下に連れて行き、傷をなんでもいいので治してください』
その言葉を聞いた他の使用人は動揺と戸惑いで瞳を大きく揺らした。
『えっ!』
『桜花様、いいのですか?』
『地下に閉じ込めても、すぐに逃げてしまいますよ』
他の使用人が不安そうに暗い表情を浮かべるが、
『構いません。お前は決められた寿命が来るまでここで生きて、一生懸命休むことなく働き続けなさい。逃げたらお前の花を全てなくします』
本気で生きてもらうために、
『ここが今日からお前が働く場所です。お金は出しません』
その言葉で、その使用人は自分で自分を絶望に落としたことを知り、涙を流しながら一瞬で縄を解いて扉を叩く。
『そんな、出してください! 今すぐ謝ります、ここから出してください!』
必死に扉を叩いて泣き叫ぶその使用人。
桜木家当主の
この出来事は花の世界の歴史にも刻まれたが、一年後、
そして、
「桜花、おかえり」
「山茶花さん、ただいま。今日は仕事はないのですか?」
「うん、今日は休みだよ。だから三人で外に出よう、ね」
「あっ、それは・・・」
桜木家当主になってから、
それも十年以上。
最初から「幸せ」だった。
生まれて初めて恋をした二つ上の
桜木家の当主は女性と決まっている。
初代もその次も全員女性で一度も男の子が生まれたことがない。
まさに奇跡の子だと世界中で噂されるほどだった。
しかし、その奇跡の理由は結婚にあった。
桜木家当主と結婚するのは必ず由緒ある名家の人と決まっている。
由緒ある名家の人の血は庶民と全く違って特別で貴重な物。
だからその血を分け与えるために、今までの桜木家当主たちはその教えを守り、未来に生かし続けてきた。
だが、
そう毎日夢見ていた時、
その理由は最悪だったけれど・・・。
「で、どうする? 行く?」
すごく期待して明るく笑う
「申し訳ありません。まだ外が怖いので」
暗く下に俯く
「うん、分かってるよ。桜花が本当に『外に出たい』って思えた時に一緒に出よう。それまでは絶対に、無理しないで、ゆっくりでいいからね」
「はい、山茶花さん」
「はあっ」
(また断ってしまった。せっかく愛する山茶花さんに誘われたのに、わたしは毎回断って落ち込む。こんなに繰り返されたら、絶対に山茶花さんはわたしをいつか見捨てて別れようと言われるかもしれない。そうなったらわたしは、また一人で一からやり直さなければいけない)
「はあ、どうしてわたしはいつも素直になれないの?」
ツンデレだから仕方ない。
可愛いからなんでもいい。
出会った時もそう。
毎日必ず一人が自分と同じ名前の花と一緒に燃やされる。
当時の
殺された人の性格や家族構成などを見て探していたが、正体を見つけられず困っている時、一人の少年が桜木家の屋敷に勝手に入って来た。
『へえー、ここが桜木家。初めて見る割には広すぎて、当主がどこにいるのか分からないね』
恐る恐る母屋の玄関の扉を開けて
『お前、ここは桜木家の屋敷です! 勝手に入らないでください!』
本当は怖いはずなのに、
『なっ、は』
『君、とても可愛いね』
『は?』
人殺しの少年に生まれて初めて「可愛い」と言われてなぜか照れた
けれど、使用人は当主の
血が流れた・・・。
『はあっ、桜木家の使用人って、こんなに弱いんだね。がっかりだよ、本当に』
『あっ・・・』
桜木家の使用人は全員力が強く、勝てる人は絶対にいないはずなのに、それを簡単に殺した少年。
『ん?』
『あの、わたしと結婚してください!』
『え』
突然の告白に、少年は怪しげに笑って刀をゆっくり
『ぼくと結婚したいって、それ、本当に言ってるの?』
生まれて初めての告白を信じてもらえず、
(こんなに体が震えるということは、怖いわけではない。ただこの少年と結婚をしたくて震えているのよ)
人殺しでもなんでもいい。
ずっとそばにいて、守ってくれる人が今目の前にいる。
だから、絶対にこの機会を逃さない。
体の震えを深呼吸で何度も繰り返しながらようやく収まった時、
『わたしが必ず、あなたを幸せにします!』
生まれて初めての口づけをされた少年は刀を下ろし、
『分かった。じゃあ今日からここに住むよ。ぼくたちが花の世界で一番幸せになるためにね』
『はい、よろしくお願いします』
満面の笑みで喜ぶ
明るく笑う
二人の出会いは花の世界の歴史の中で一番最悪だったが、それ以上に、
三ヶ月後、
『お久しぶりですね、桜花』
『はい、お久しぶりです。花神様』
優雅にお互いお辞儀をして笑い合う
『花神様、ぼくたちの結婚を今すぐ認めてください。早く帰りたいので』
『は?』
『ちょっと、山茶花さん。その言葉は失礼ですよ、花神様に謝ってください』
『えー、別にいいよ。ぼくは元々嫌われてるんだからさ』
花の守り人である
それが
『か、ああ、はあっ。な、なにをし』
『あなたが悪いんですよ。結婚は人生の大きな選択。簡単に認めることは絶対にしませんからね』
そう言って、
『山茶花さん、なぜあのような悪い態度を取ったのです、わたしと結婚をしたくないのですか?』
『ごめんね。ぼくはまだ君と結婚する勇気がないんだよ』
『え』
『ぼくは生まれた時から汚れてる。でも君はとても綺麗で可愛い』
『山茶花さん、なにを言って』
『だから、ぼくは君と結婚しない。もう、別れよう』
『あ、そんな・・・』
(わたしは心からあなたを好きになったのにあなたはわたしの気持ちを裏切るの?)
人を好きになるのは決して簡単ではない。
もし好きになってしまったら、未来は全て変わり、人との関係も良くも悪くもなってしまう。
それを覚悟して
その笑顔も優しさも、全て嘘だとしたら、もう
分かっても離れて欲しくない!
やっと見つけた好きな人が自分から離れてしまうなら、最後にこの言葉だけでも送りたい。
『山茶花さん』
『なに?』
真剣で厳しい表情を見せる
『わたしは永遠にあなたを愛しています』
その言葉を伝えた
好きな人に、愛する人に自分の気持ちを素直に伝えることも簡単ではない。
もし自分が伝えた言葉が相手に間違った捉え方をされてしまったら、相手は自分から離れてもう二度と会うことはないかもしれなくなる。
しかし、この時倒れた
いつか
なに一つ文句を言わずにいつも楽しそうに笑ってして、時には落ち込んでいたが、
一時間後、目を覚ますと、
『山茶花さん』
『んー、桜花、起きたの? 良かった』
ゆっくり軽く目を擦りながら起き上がった
『ぼく、もう弱音は吐かない。絶対に桜花と結婚して一緒に幸せになろう』
温かく微笑みながらそう伝えた
『われは本気で山茶花さんを愛しています』
『ぼくも同じです。さっきは態度を悪くしてすみませんでした。でも、ぼくたちは絶対になにがあっても、お互いを信じて花の世界を守ると約束します。お願いし』
『分かりました。もうそれ以上は言わないでください。頭がさらに痛くなってしまいますから』
一時間前とは全く違う
そして、ちゃぶ台の上に一枚の紙を置く。
『この紙にそれぞれ名前を書いてください。必ず丁寧に、一つも乱さずに』
そう言って、
『はい、これであなたたち二人の結婚を認めます』
『えっ』
『あ』
ただ名前を書いただけで結婚が認められたことに、
『ありがとうございます』
『とても嬉しいです』
『そうですか、それは良かったですね』
しかし、あることを恐る恐る瞳を大きく揺らしがなら伝える。
『あなたたちの子供は男の子です・・・』
『ん』
『あっ』
喜びが一瞬で不安になるはずが、
『それはもうずっと前から覚悟しています』
美しく笑って見せる
『桜花、でも』
『ぼくたちが出会った時から、もう運命は変わってるんですよ。だからなにも怖くないですよ』
温かく笑い、人殺しをしていたとは思えない
『ええ、わたくしはあなたたちを心から信じて、永遠の幸せを願っています』
二人の間に生まれるのが男の子でも、桜木家の歴史に傷がついても。
永遠に「幸せ」な家族でいられるなら、全てがなんでもいいのだ。
二人が屋敷に帰る前に、
『これが、われの』
『ええ、そうですよ』
続けて
『ああ、綺麗だね』
『わたくしが作ったので、当然世界で一番綺麗ですよ』
そう、結婚指輪は全て守り人が永遠の「幸せ」を約束する二人のために作られた世界でたった一つの特別な物である。
自分と同じ名前の花が描かれている指輪を花の守り人が左手薬指にはめた瞬間、その指輪は永遠に外すことは絶対にできない。
一度目の結婚が上手くいかずに離婚して再婚する場合は、一度目にはめた指輪のままと決められている。
本当に本気で指輪を外したいと思った人は当然何人もいるが、指を切り落とさない限りは外すことは絶対に不可能となる。
だからどの世界の守り人は結婚をしたいと願う二人を慎重に見極めてよく話し合い、認めて指輪をはめる・・・。
この世界とは全く違う決まりが守り人が作った世界では普通に存在していたのだ。
『花神様、ありがとうございます。大切にします』
『ええ、そうしてください。わたくしの苦労が詰まっていますから』
『本当に、花の世界に生まれて幸せです』
『わたくしが作った花の世界を、代表であるあなたたちが必ず守ってください。わたくしは花の世界に入ることはできませんから』
そう言って、
『あなたたちの幸せが子供たちの未来につながるように、これからも見守っています』
いつまでも夫婦で、親で、子供の
今日の仕事が終わった
「お母様、わたしはあなたのような誇り高く美しい存在になれたでしょうか?」
「うん、もうそれ以上になってるよ」
声が聞こえた横を見ると、いつものように
それは分からない。
でも、
だけど、それはもう過去で時間を止めて戻ることはできない。
時間という物は便利な時もあれば、不便な時もある。
それを破ることができたら、今より楽になっていたかもしれない。
そう、なんでも「いたかもしれない」という妄想をしてしまうのだ。
いつもと同じ言葉を返されたことで、少しだけ心が楽になった
「もう、山茶花さんは本当にわたしの心を簡単に奪いますね」
「そう? ぼくだって君を初めて見た瞬間で好きになったんだから、お互い様だよ」
「うふふっ、そうですね」
夫婦だけの特別な時間がなによりも愛おしく、
「そろそろ夕食の時間だから、一緒に大広間に行こう」
「はい! 桜世が待っていますからね」
「うん、えっへへ」
たくさんの反対を受けても、
桜木家当主だからではない。
人として、自分の愛する人との「幸せ」をみんなに見て欲しいから。
今こうして、家族三人「幸せ」だと感じられるはずだと信じて・・・。
「お父様」
翌日、
その姿を見た
「どうしたの? あ、もしかして桜世、ぼくに甘えたいと思って」
「それは違うと思います」
はっきりそう変わらず無表情で否定した
「あははっ、そ、そうなんだね」
(桜世は記憶を失って、全く笑わなくなったどころか、一度も表情を変えない。いや、変えることができないんだよ、きっと。だったらぼくは父親として)
とてもばからしく、つまらなくも笑ってしまうような全力すぎる変顔。
「桜世、どう? おもしろいよね?」
「・・・・・・」
自信満々に慣れない変顔を見せる
「・・・お父様、そろそろやめないと体を痛めてしまいますよ」
「えっ! あー、そうだね。うん、やめる」
逆効果で心配させてしまったように思った
(笑ってもらえなかった。父親のぼくがこんなに頑張っても、桜世は表情を一瞬でも変えない。一体どうすれば桜世は表情を変えてくれるの? 誰か方法を教えてよー)
「お父様は今までどんな人生を歩んできたんですか?」
「えっ」
突然自分の人生を聞かれた
「うーん、そうだね。ぼくは冬季の村で一番小さくてボロボロの貧乏な家で生まれた。家族は両親だけだったけど、ぼくが五歳の頃、二人共病気で死んだ」
「え・・・」
その「死んだ」という言葉を聞いて、
瞳を大きく揺らしながら見ると、とても寂しそうに、悲しそうに。
泣いているのか笑っているのか分からない曖昧な表情で
「五歳で家族を失ったぼくは生きるために自分にできる仕事を一生懸命頑張って、頑張って・・・いたんだけど、ある日ぼくは気づいたんだ。『これっていつまで続けないといけないの?』って」
その言葉を言った瞬間、
「ぼくは誰にも好かれずに、愛されずに決められた寿命までただ働いて生きるのが嫌になって、なにか変えたくて。十五歳になった頃にずっと嫌いだった職場の先輩を試しに刀で花を刺したら、思ってた以上に気持ち良くて解放された気がしたんだ」
手を伸ばした
「その先輩を殺した後、ぼくは花の世界で一番好きな春季の町に一日かけて歩いて行ったんだ」
「え」
南の冬季の村から北の春季の町に行く方法はたった一つだけ。
花の世界は
だが、中心地には
だからみんなそこを避けて他の町や村に行く。
北の春季の町へ、東の夏季の村からは徒歩三十分で行くことができ、西の秋季からは汽車で約二日で行くことができる。
しかし、南の冬季の村からはまず西の秋季の町に行くために、徒歩一時間半かけて移動し、着いたらすぐに汽車に約二日かけて行くしか方法はない。
北の春季の町に行くなら、早くても二日かかるのに、当時の
「春季の町に着いた後は、なにもすることがなかったから、なんとなく目に入った人たちを花と一緒に最初は切ってたけど、それが何度も続くと面倒だからすぐに燃やした。でもすぐに飽きて最後でいいから桜木家の屋敷に入ったらそこには桜花がいて、ぼくは一瞬で心奪われて体中が震えた」
けれど、
人の価値を、人の生き方を、花の存在を。
全てが見たこともない色に染まって、綺麗で美しく、誇りある人に近づくために、
「桜花と結婚をする時、ぼくはとても迷ったんだ。本当に桜花と結婚をしていいのか、本当に人殺しのぼくが桜花と幸せになっていいのか。その迷いのせいでぼくは桜花に『別れよう』と言ったけど、桜花は諦めずにぼくと本気で結婚をして、花神様もぼくたちの気持ちをよく考えて認めてくれた」
「・・・花神様? 誰?」
「ああ、ぼくは桜花と結婚して、桜世が生まれてくれて本当に幸せだよ。ああ、ぼくが人殺しをしてきたのも、きっと桜花に出会う運命だったのかもしれないね」
「・・・そう、です、ね」
堂々と子供の前で自分が人殺しであったことを嬉しそうに語り終わった
首が取れそうなくらいに。
「えへへっ、桜世、ぼくは君に会えてとても幸せだよ。ありがとう」
「・・・はい」
その
「今はもう人殺しはしていないんですか?」
初めて聞かれた言葉だったが、
「もちろん今はしてないし、するつもりはない。あ、でも、桜世がそれを見たいって言うなら今すぐここに誰か連れてきてやり方を教え」
「いえ、結構です。わたしは今のお父様のままが一番なので」
無表情でも、少しだけ笑ったように見えた
「あ、そう、なんだね」
(今のぼくが一番か。それは嬉しいけど、いつかは今よりも変わらないと人は生きていけないから、その言葉は永遠に忘れないように心にしまってるよ)
どの世界でも、必ず人は変わる。
変わらなければいけないのだ。
人生の道を正しく歩むために、進むためには生き者はみんな自然と変わっていくのだから。
自分と同じように前を向いて風が吹き、
「どうして桜世はぼくと桜花のことを『お父様とお母様』って呼んだの?」
「それが普通だと思ったからです」
無表情でもはっきりと嘘がない言葉が、
「うんうん。そうだね、普通だよ。でも、それは庶民の話で由緒ある名家は違う」
「え? なにがですか?」
「由緒ある名家は家族であっても、当主のことは当主と呼んで他は名前で必ず『様』をつけて呼ぶ」
「じゃあ、わたしは間違っていたんですね」
抱きしめた腕の中がその一言で
「ううん、別に家族なんだから呼び方なんてなんでもいいんだよ。気にしないで」
「・・・はい」
両親から愛情をもらえなかった
五歳で家族を失った
二人の気持ちが違っていても借り物でも。
今は分からなくても、心から感じられれば本物の「家族」に変わると信じて・・・。
「じゃあ、ぼくは今から夕食を作るから。桜世はその間に体を洗って桜花を呼んで来てくれる?」
「はい、分かりました」
「うん。また後でね」
静かに返事をして今も小さな桜の木を見つめ続ける
「ふうー」
今日は天ぷら。
春の季節に合った野菜や鶏肉を切って揚げていく。
(天ぷらは桜花も桜世も好きだから、きっと喜ぶ。ああ、夫と父親って、とても嬉しい存在だよー)
本当に、人殺しをしていた人が由緒ある名家の一番最高位である桜木家の当主、
こんなに誰よりも「幸せ」で毎日を楽しく生きている
左手薬指にはめられている指輪がひらひらと季節は違うが、舞い踊るように美しく心の中で咲き誇っている、はず。
「よし、できた」
お釜で炊いたご飯に、野菜たっぷりの味噌汁。
そして揚げたてのきっとおいしい天ぷら。
「えっへへ。さっ、大広間に運ぼう」
大浴場で体を洗って一人で着替えができた
「わたしも手伝います」
「え、桜世? いつからいたの?」
「お父様が楽しそうに考えごとをしていた時からだと思います」
「そんな前から! あっ、ごめんね、全く気づかなくて」
「いえ、大丈夫です。お母様を呼びましたので、早く運びましょう」
そう言って、
「桜世、ありがとう。助かるよー」
「いえ、わたしは大したことは全くして」
「桜世!」
「あっ」
「はっ」
大広間で
「違うんだよ、桜花! 桜世はただぼくのためにお手伝いをしていただけで、無理やりやらせたわけじゃ」
「それがダメなのですよ!」
「え・・・」
ただの夫婦喧嘩を見せられているように感じた
「山茶花さん、桜世は桜木家次期当主なのですよ! 父親の山茶花さんのお手伝いなど、弟子にさせればいいのに、なぜ桜世にさせたのですか!」
「・・・う、ごめんね」
(桜世はぼくたち二人のために生まれて初めてお手伝いをしてくれた。それがぼくには親子らしいと思ってたのにダメだったかな?)
「お母様」
「なんですか?」
「わたしはお母様とお父様に親子らしいことをさせたいんです」
「は?」
「え、桜世?」
不思議に首を傾げる
今まで一度もそんなことを
「うん、そうだよ、そうなんだよ!」
「山茶花さん?」
「桜花は当主、桜世は次期当主。でも、仕事がない時は普通のどこにでもいる家族で、固くなる必要はない」
「だから?」
じっと自分を見つめる
「だから、今日から親子らしいことをたくさんしようよ! そうしたらきっと、今よりももっと幸せになるから!」
「・・・・・・」
なぜなら。
「今の幸せではお父様は満足していないんですね」
「え?」
「桜世」
そっと
「わたしは『幸せ』が分かりませんし、感情もありません。これから先の未来で『幸せ』になるよりも、今を大切にしていくことが、一番の『幸せ』だとわたしはそう思います」
この世界で生きていた時、
「これから先の未来で幸せになれる保証はおれにはない。だから今を一番大切にして『幸せ』になりたい」
両親が
ただ自分たちの良いように
それを知らない
人に「幸せ」にさせられるよりも、自分の力で「幸せ」になる方が、
「お父様、もう食べてもいいですか? お腹が空いたと思いますので」
夕食が冷めてしまう前に
「いいよ。たくさん食べてね」
「はい、いただきます」
無言で無表情で
「桜世、嬉しいよ」
「なにがですか?」
「ぼくの作ったご飯をちゃんと全部食べてくれることが」
「・・・そう、ですか。それは良かったですね」
「え」
「あっ」
まるで他人ごとのような冷たい言い方に聞こえた
そして、
「お母様」
「桜世、お前は自分の記憶を全て思い出したいと思っているのですか?」
そのまっすぐで絶対に嘘なんて許さないという
「・・・いいえ、わたしは今までの記憶を思い出したいとは思っていません。だってわたしは、か」
「それ以上は言ったらダメだよ」
「え」
「あ、あなたは」
「桜世?」
「どうしたのです?」
独り言を不思議に呟いた
しかし、それが気に食わない少年が右手の人差し指を二人に指して動きを止め、
「あなたは一体」
「はあっ、本当にこの二人は過保護だなー」
「え?」
(お母様とお父様を知っている。この少年はなにが目的でおれに近づいているの?)
理由が全く分からない怪しい状況。
永遠に離さないように
「な、なにをして」
「さあ、これでぼくたちは未来の扉を開けて闇の『幸せ』を手に入れる!」
「え・・・闇ってなに?」
突然自分が望んでいた「幸せ」とは全く違う闇の「幸せ」を手に入れることになってしまった
これが動揺なのか、ショックなのか、絶望なのか。
分からない、分からない。
(なんでもいいから、一つだけでも感情を取り戻してよ!)
「あ、はあ、あっ」
自分自身に強く問いかけても「感情」はそう簡単に取り戻すことはできない。
いや、させてくれない。
こんな自分を「嫌い」に「憎む」ことすらも叶わない。
無理やりはめられた指輪を見た
「・・・・・・」
「はあっ、少しやりすぎたなー。でも、君が借りている体はとても弱くて使えない。以前の君と同じようにね。じゃあ、また」
そう言って、少年は怪しく美しく笑いながら動きを止めた
夢とはなんだろう。
眠る時に見る夢。
現実で叶える夢。
その他にもこの世界には色々な夢がある。
だけど、全ての夢が叶うわけではない。
すぐに夢を叶えても、それが長続きするかは別だ。
みんなが持っている夢はどれも素敵で魅力がある。
叶えたい気持ちが強くあれば、もしかしたら叶うかもしれない。
夢が叶った瞬間はとても嬉しくて楽しくて。
全てが色づいて、その次の夢が叶う希望にもつながる。
夢を持つことはとても素晴らしいこと。
希望を持つことはみんなの願いを叶えられる存在になること。
自分のために、人のために。
だから絶対に諦めないで。
ワタシがあなたを・・・に導いて見せるから。
「桜世!」
「お願い、目を覚まして!」
大粒の涙を流して心から心配して手を握る
その声に少しずつ反応して、
「・・・お母様、お父様」
声をはっきり出して意識が戻った
それに対して
「あっ」
「桜世、桜世! 心配したよ、君が急に倒れてぼく、一瞬桜世が死んでしまうか怖くて、うっ」
「え」
「われも、母親なのに、お前を守れなくて、はっ、く、ご、ごめんなさい」
「・・・・・・」
(おれを、心配してくれた? どうして、おれはただの借り物なのに)
両親とは全く違う自分の存在を失う恐怖。
「えっ」
「桜世?」
「あ・・・えっと」
(心配をしているのはおれじゃなくて、桜世さんの体。だから、なにも期待なんて、ううん、別にそんな感情はないから、立ち上がろう)
この世界でも
むしろ「期待」したところで実験体から解放されることはなかったため、今もこの先も「期待」せず、自分だけを見て生きようと思った瞬間、体が自然と動いて自分から二人を抱きしめた。
(え、どうして・・・)
今の自分の行動の意味が分からない
「桜世、本当にごめんね。ぼくは君のために看護師になったのに。君が倒れた時、なにもすることができずにただ目を覚ましてくれることを期待して・・・ぼくは父親失格だ」
「それは違いますよ」
「あっ」
理由は一つ。
「お父様とお母様は自慢の人です。『失格』なんて言葉、わたしは絶対に聞きたくありませんし、言って欲しくもありません。それは今のわたしだけでなく、今までのわたしも同じ気持ちだと思います」
両親とは全く違う二人だから
桜木家次期当主でも、大切に育ててくれる
「お父様、お母様。今までのわたしに戻ることはできませんが、今のわたしが必ず、全ての人の心に寄り添える優しい人になって見せます。まだまだ未熟なわたしをどうか、温かく見守ってください。できる限り頑張りますから」
無表情でもよく心に伝わってくる
これは当然親として子供の成長する姿、行動を心から楽しみに、
「ごめんね。冷めてしまったけど、味は悪くないから安心して」
「はい、山茶花さんがそういうのなら信じて食べます」
「うん。さっ、桜世も、あっ、食欲がないなら無理して食べなくてもい」
「いえ、食べます。お父様の作る料理は世界で一番おいしいと思いますので」
「え」
(ぼくが作るご飯が世界一おいしいって、そんな嬉しい言葉、今までの桜世から一度も聞いたことがない。でも、今の桜世は自然と言ってくれるから、素直に喜ぼう)
表情に出なくても、声の音でその意味がよく伝わって
感情がなくても、言葉で表すことができるだけでも、優しい人にきっとすぐになれるだろう。
今もこうして
「えへへっ、ありがとう。明日も世界一おいしいご飯が作れるようにぼく、頑張るよ!」
家族を失った
だから信じる力を持ちたい・・・。
「うーん、ああ」
「今日はせっかくの休みなのに、なぜか大変な一日になってしまいましたね」
「そうだね。でも、桜世の今の気持ちを知れてぼくは嬉しかったよ」
寝室で二人きりの空間で
「うふふっ、わたしはあなたと出会えて結婚して桜世が生まれて、本当に幸せです」
二人きりの時にだけ見せる可愛らしく純粋な
それを見る度に
「ああ、ぼくも君と出会えて、本当に幸せだよ。ありがとう」
抱きしめられた温もりがとても心地良くていつまでも触れて欲しいのに、
その理由を、
「桜世に女装をさせてることを気にしてるのはぼくもずっと同じだよ」
「・・・やはりこれだけは守らなければいけないことです。今までの桜木家の当主は女性で、わたしも女性。しかし、桜世は男性。桜世が男性の姿で桜木家の当主になってしまったら、絶対に庶民は、花の世界は混乱と動揺で暴れて花を燃やし、永遠の争いが始まる。庶民は由緒ある名家だけを頼りに生きています。それぞれの季節の町や村にある由緒ある名家の当主は全員わたしと同じように知識が豊富で信頼も強い。特に女性の当主は男性と違って美しさや誇りの高さが確実に高い」
「うん、そうだね。生まれた時から決まってることだから仕方ないよ」
花の世界の住人はほとんど女性で男性はあまり多いとは言えない。
花の世界を作った花の守り人、
それは花の世界を実際に回って自分の目で確かめなければ分からない。
そう、一番最初に分かるのは・・・の守り人になる
「だからわたしは、桜木家の歴史を、花の世界の歴史を汚すことを一番に恐れて桜世に女装をさせて次期当主にさせた。う、はあっ、絶対に桜世はわたしを恨んでいる、怖がっている。うう、わたし、母親なのに、子供の桜世の人生を決めつけ」
「それは違うよ」
「えっ」
首を横に振ってはっきり否定した
「理由は?」
「桜世は君を恨んだり怖がったりはしてないよ。むしろ、喜んでいる」
「なにをです?」
「ほら、さっき桜世がぼくたちのことを自慢の人って言った。これを言ったということは女装なんて全く気にしてない、ぼくたちにもっと喜んでもらえるように新しい姿で頑張ってる」
「そう、ですけど。でも・・・」
「山茶花さん」
「えっへへ。やっぱり桜花はとても可愛い」
「もう、恥ずかしいです・・・」
毎夜こんなふうに
それを精一杯夫としてそばにいて抱きしめてくれる
夫婦の時間は少ないけれど、
五月三日。ようやくこの日がやってきた。
「お父様、お母様。おはようございます」
ぐっすり眠っていた
「は、ああ」
大きなあくびをしてまだ目が半分しか開いていない
「お母様、すみません。こんな雑用をさせてしまって・・・」
申し訳ない気持ちで後ろをふり向こうとしたが、
「・・・・・・」
(桜木家当主のお母様に雑用をさせたこと。絶対に花咲様から怒られてしまう気がする)
母親でも、桜木家当主の
「われもお前と親子らしいこと、髪を綺麗にしてあげることをずっと夢見ていたのです」
「え」
(怒っていない? どうして?)
桜木家当主に使用人にさせればいい雑用を
「お母様」
「うふふっ、お前の髪はわれと似ていて、とても美しく、かけがえのない存在ですよ」
そう言って、
「あっ・・・美しい」
つい声に出した
「・・・子供のお前に美しいと言われて、嬉しくないはずがないでしょう。もう」
それをそっと優しく
「はい。桜世、今日も綺麗だね」
「あ、ありがとうございます・・・」
この世界の時とは違う温かい褒め言葉。
「お父様、お母様」
「なに?」
「なんですか?」
「今日外に出て、久しぶりに桜の木を見たいです」
瞳を少しだけ輝かせて外に出たいと心からそう思う
その気持ちはとても分かる。
だって、
「今のわたしは春季の町のことを、花の世界を全く知りません」
「それなら本で勉強したらいいよ」
「そうですよ。外に出ても、なにもいいことなんてありま」
「わたしは自分の目で花の世界を理解したいんです。他の由緒ある名家のこともちゃんと知りたいんです」
作った時の気持ちを理解するために、
「分かったよ。桜世が好きなようにすればいい。君の人生はまだまだ長くて自由にしないとね。ね、桜花も同じだよね?」
微笑みながら見てくる
「そうですね。お前の人生はお前が決めなさい。自由にしても、正しくしても、全てお前が決めること。これは必ず守りなさい」
「・・・わたしの人生」
(桜世さんの体を借りているおれが桜世さんじゃなくて薺のおれの人生を決めてもいいのかな・・・ううん、借りているからこそ、自由に楽しめるようにしないと)
借り物の人生でも、
それが
「はい、分かりました」
「お父様、これは?」
「これは一万円だよ。無駄遣いはしたらダメだからね」
「えっ」
(これが、一万円? こんなに価値の高い物なんて、子供のおれが持ったらダメな気がする)
この世界でも一万円を持ったことがない
「自分にごほうびをあげることも大切です。遠慮は許しません」
「え、でも」
「君の好きな物を買えばいいよ。これはもう君の物なんだから」
「あ」
そう言われて、
「ありがとうございます。早く食べて外に出たいです」
「うん、いいよ。食べよう」
「そうですね。いただきましょう」
「ごちそうさまでした」
「おいしかったです」
「うん。良かった」
食べ終わった食器を台所に運び、銅貨を持って玄関に行って、扉を開けて後ろをふり向く。
「お父様、お母様。行ってきます」
「うん。楽しんで」
「行ってらっしゃい」
温かく微笑む
「ふうー、は」
(まずは桜の木に行こう。でも、一ヶ月前と同じようなことが起きないといいけど)
予測不可能な出来事が起きないことを強く願いながら町の中心地に足を運ぶと、休日ということもあってか、人がたくさん賑わい、桜の花びらが舞い踊って全てが美しい。
「わああっ」
(町がこんなにたくさんの人が笑い合える素敵な場所だなんて知らなかった)
「あ、離せ」
「ダメだよ」
「はっ」
「ダメ、絶対に離さない」
「なにを言って・・・いいから離せ!」
「ダメな物はダメだよ」
「くっ。なんでよりにもよってこの人なんだよ」
必死に抵抗する少年の手を絶対に離そうとしない
体が土だらけで着物に描かれている花が全く分からないこの少年こそが、
桜が蝶に変わる瞬間を、世界は「綺麗」と言えるだろうか @seitarou
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