第13話

 母が慌てて、フランスを床に下ろしました。あれだけ激しく動いていた胸は、動いていませんでした。

 フランスが、死んだ。抱っこをせがんで。


「あんた、最後は抱っこって決めてたの?」


 抱っこをねだっていた子が、腰が悪くなってできなくなっても、ずっと待っていた。

 そうわかった時、笑い声が込み上げてきて、同時に嗚咽が零れました。


「あんた、天才じゃん!」


 私がそう言った時でした。

 突然、心臓が止まったフランスが、急に動き出して咳き込んだのです。


「え!? まだ生きてる!?」


 私は慌てて、フランスの胸を触りました。

 けれど……心臓の動きは、ありません。

 それなのに、ずっとフランスは、咳き込んで私たちを見るのです。


「フランス! フランス!」


 母が名前を叫びました。

 私も、名前を叫びます。


 ――その時思い出したのは、祖父の臨終の時でした。

 あの時も、名前を呼んでと母に言われて、ずっと呼んでいました。あの頃の私は、『もう目を覚まさない人を呼んでどうするんだろう』と思いながらも、呼んでいました。


 今ならわかります。名前を呼ぶ意味を。

 私たちはここにいるよ。ここに居るからね。そんな気持ちを込めていました。


「ロンズ、フランス抱いてやって!!」


 母の言葉に、私はハッと気づきました。

 急いで、けれど慎重に、私はフランスを抱きました。


 抱っこすると、まるで何かを言うように、フランスが大きく口を開けて、舌をぐるんと大きく回しました。

 そうして、目を開けたまま、二度と動きませんでした。



 私に抱っこさせるために、フランスは一度、生き返ったのでした。





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