第7話

 人間は、今まで出来たことが出来なくなった時、不幸だと嘆くでしょうか。

 私はそうでした。朝起きることも出来なくて、夜寝ることが出来ない。ご飯を食べようとすると、お腹を下すから食べたく無くなる。簡単に出来た二桁の足し算もできないし、勉強も右から左へ流れていく。

 なまじ出来た記憶があるから、出来ない自分に憤りを覚えて、その度に自分はなんて努力不足なんだ、と思いました。そうしてくると、自分が好きなことをすることも、自分が出来ないことを思い出して、好きなことをしようとも思えなくなりました。




 私が腰が悪い犬を見たのは、フランスが初めてでした。

 話には聞いていましたが、歳をとったから立てなくなるなんて、思いもしませんでした。パピヨンは老犬でしたが、最後まで散歩することが出来たので。

 生きていれば、いつまでも散歩ができるなんて、傲慢にも思っていたのです。


 悲しかったのですが、一番悲しんでいるのは、出来なくなった当犬であるフランスだと思い直しました。

 ですが、フランスは私たちの予想を裏切り、全く遜色ない日々を送っていました。


「あれフランス!? どこ行った!?」

「あ、台所におる! 今大根切ってたから!」


 直角に折れ曲がった腰ですが、前足はしっかり動きます。

 フランスは、前足で腰を引きずり、自分の力だけでリビングを移動していたのです。

 それどころか、移動の介助をしようとすると、噛み付こうとしたり、うなったりしていました。


 フランスは、自立した犬でした。

 自分で出来ることに手を出されることを不快に思い、何かが出来なくなったとしても、生きる意欲を失いませんでした。

 それどころか、腰が立てなくなった分、自己主張の幅が広くなった気がします。

 あとうちの犬は、結構なベジタリアンでした。野菜の中でも一番好きだったのは、キャベツです。

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