神への願い:二人のプロローグ

愛田 猛

二人のプロローグ

神への願い:二人のプロローグ



気が付くと、岸 良樹(きし よしき)の周りには真っ白な世界が広がっていた。

左右を見ても、真っ白で何も見えない。

それどころか、足元を見ても自分の姿すら見えない。



何がどうなっている?良樹は混乱した。


突然、光が輝き、気づいたらそこに白い貫頭衣を身に纏った老人が立っていた。



老人は良樹に伝える。

「わしは神じゃ。お前に伝えねばならんことがある。」


良樹は、なんとなく何を言われるかを悟った。


「もしかしたら気づいているかも知れんが、お前たちは死んだ。」


そうか…良樹は悟った。

お前たち、ということは、助けられなかったんだな…



良樹は高校二年生。吹奏楽部で、ユーフォニアムを演奏している。


吹奏楽部というのは世の中でいうブラック部活の一つだ。

単に楽しく演奏するのとはちょっと違う。炎天下で応援歌を演奏するとか、パレードで長時間歩くとか、体力がないとできない部活だ。


実際、新入部員には体力づくりから始めさせる。ランニングや腹筋、腕立て伏せをやったりして、まるで運動部のようだ。もちろんモチベーションを下げないために、楽器にも触らせる。

未経験者に対してはまずは楽器に慣れるため、音を出させたり、リードを吹かせたりする。

まともな音を出せるようになれば、あとはひたすら練習だ。放課後だけでなく、朝錬もあるし、週末も練習だ。


パート練習と全体練習が別々にあったり、とにかく忙しい。そうやりつつ、大会に向けて頑張るのが吹奏楽部なのだ。


一年生でユーフォニアムを担当することになったのが津永奈津だ。小柄で、栗色のショートボブ。目がくりくりしていて、何やら小動物っぽい女の子だ。


奈津は吹奏楽未経験者だった。空いている楽器の中で、彼女が選んだのがユーフォニアムだった。

奈津は練習をひたすら頑張っていた。必然的に、良樹と一緒にいる時間が多くなる。特に三年生が引退した後は、二人で過ごす時間が増えた。


二人は、練習が終わると、一緒に帰り道につく。楽曲の話や他愛ない芸能人の話などしながら歩いていると、あっという間に駅まで到着してしまう。 良樹は、その時間を貴重に思っていた。そして、彼女をいとおしいと思う気持ちが生まれていた。


そのうち告白しよう…良樹は思っていた。たぶん、奈津も同じ気持ちだろうと良樹は楽観していた。


ある日、帰り道で、角を曲がったところ、突然大型トラックが暴走してきた。

歩いていた二人は、逃げ切れそうになかった。良樹はとっさに奈津を抱きしめ、トラックに背中を向けた。


何とか、奈津だけは助けたい…そんな思いがあったのだろう。


だが、神の言葉で、自分の最期の行動が実らなかったことを知った。


「そうですか。では、彼女も…。」良樹は確認する。


神はうなずいた。

「ああ、残念ながらその通りだ。 だが、若いお前たちがこのまま消えてしまうのは惜しい。そこで、お前にチャンスをやろう。」


「じゃあ、僕は生き返れるんですか?」良樹は期待をこめて聞く。


「いや、それはだめだ。死んだ人間が、自分の意思で生き返ることを許していたら、世の中の道理が通らなくなる。」


まあそれはそうだろうな。良樹はうなずく。


「その代わりと言ってはなんだが、お前を異世界に転生させてやろう。剣と魔法の世界だ。そして、お前に一つ、スキルを与えよう。」

神はいう。


おお!これはチート付きの異世界転生だ!良樹はちょっと興奮した。

「どんなスキルでもいいのですか?」 良樹は尋ねる。


「不老不死とかはだめだが、それ以外はだいたい認めよう。勇者スキルや、アイテムボックス、鑑定スキルなんかが人気じゃな。まあ、わしは神だから、大体のことはできる。もし彼女も転生を望むなら、同じ世界に転生できるよう取り計らおう。」


そうか…それなら…


良樹は、神に自分の望みを伝える。


神はちょっと驚いた顔をした。

「それなら認めてもいいが、お前はそれでいいのか? 

良樹は答える。

「もちろん。それが僕の心からの願いだ。」


神はうなずく。

「では、願いを叶えよう。」

そう言って彼は片手をあげた。まばゆい光が良樹を包み、良樹だったものはそこから消えた。





良樹は目覚めた。

見慣れない天井が見えた。


「知らない、天井だ…」お約束の言葉が漏れた。


ちなみに、原典のその回のタイトルは「見知らぬ、天井」であり、知らない、天井ではない。どうでもいい豆だが、原典にあたることが大切だと良樹の知人は言っていた。


固めのベッドに白いシーツ。手足には包帯がまかれている。

横を見ると、ちょうどそこのベッドには奈津が居て、自分を見つめている。」


「どうして…」良樹は疑問に思う。


「パルスが回復しました!バイタル正常域です!」

うわずったお女性の声が聞こえた。

見ると、看護師がそこに驚きの表情を浮かべている。

その横には、聴診器を首から下げた医者もいる。


「二人とも生き返ったのか…まさに奇跡だ。」

医者が言う。


どういうことだ?良樹はまだ混乱している。


良樹は、先ほどの神とのやりとりを思い出す。

「僕はどうなっていい。願いは一つ。奈津を生き返らせてやってくれ。」


神が言ったのは「死んだ人間が、自分の意思で生き返ること」を認めないということだ。だが、自分以外を生き返らせることについては触れていない。


それに気づいた良樹は、自分ではなく、奈津の蘇生を願ったのだ。

奈津には生きていてほしい。若いこの時点で彼女の人生を終わらせたくない。良樹はそう思ったのだ。


神は自分の願を聞いてくれた。だから、奈津が生き返ったている。

だが、自分まで生きているということは…。


奈津が良樹に小さな声で告げる。

「先輩、もしかして、私と同じことを神様にお願いしたんですね。ありがとうございます。」


そう、奈津も神の言葉に気づき、自分の転生ではなく、良樹の蘇生を願ったのだ。


「お互いを思いやる心で拾った人生じゃ。大事にしろよ。わっはっはっは。」二人は、神の声を聴いたような気がした。


(了)






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短編って、アップ後読まれないことも多いようなので、いつでも評価いただければ感謝です。


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