どうしたって空は青いんだよ

宿木 柊花

第1話

 空は青い。

 どこまでも続くような青に手を伸ばす。

 どこにも届かないけれど、何も掴めないけれどギュッとその手を握る。

 何か掴みたかったわけでもないけれど、脱力するとポスッと丈の長い草が受け止める。

 小さい草がチクチクと後頭部に刺さる。


「空は青い」


 今度は声に出してみた。

 呟いた言葉はどこへ消えるのだろう。

 誰にも届かない呟きが空気に吸われて消えていく。

 優しい風が労るように濡れた頬をさする。

 今の時期なら若草の青々とした香りが抜けていただろう。

 努めて鼻を閉じる。


 空だけを見る。

 青い空。

 それだけは変わらない。

 何があっても、変わらない。

 何も知らないように純粋なまま、青い。

 遠くに転がる握ったままの杖もあの青は知らない。

 季節外れのクリスマスカラーに彩られてしまった大地も、きっと知らないだろう。


 青は平和、平穏に過ぎていく。

 魔族と非魔族のちっぽけな争いなど知るよしもなく。


 空がまぶしい。

 あんなに明るい空は初めて見る。

 キラキラして美しい。

 最期にこんなに綺麗な景色を見られたのなら、報われた。

 魔族と非魔族の間に生まれてしまったことも悪くないと思える。

 みんなを見送るような長い長い人生だと思っていたけれど、違った。


 命はみんな平等に……。


 種族の違いなんてなかった。

 大魔法を使えばみんな仲良くなった。




 作り直そう。

 新たに始めよう。

 見届けてよ、その大きな青空で。

 この星で起こした悲劇と、それを乗り越えるために手と手を取り合わざるを得ない命たちを。

 リセットすること。それが両方の血を引く者からすれば、それが理想の形なんだ。


 魔力を持たない魔族の母から伝授されたモテテク、魔力を持ちすぎた人間の父から伝授された世渡り術を駆使してのらりくらりと生きてきた。両親の言いつけを守り、十年くらいしたら土地を変えて。

 なのに気づけば魔術師。

 気づけば戦場。

 なにこれ。


 どっちの目から見たって空はどうしても青く遠い。誰のものでもない。


 遠くから新たな討伐隊が走ってくる音がする。

 タタタタタ、ドシドシドシドシ、バッサバッサ、

 やっぱり母の仲良くなるテクニック『同じ強敵を作れ』は効果抜群のようだ。


「あと一回、頑張るか」


 どちらでもあり、どちらでもない。

 地上最悪の魔術師はふらつく体で立ち上がる。




 魔族と非魔族。

 この星に生きる命がたばになって討伐を目指す。

 もうすでに半数以上を失ってもなお立ち上がり立ち向かってくる。

 魔術師は笑う。


 生き残るのはどちらか。

 澄んだ青空のみが知る未来の話。

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