らしさ

加加阿 葵

らしさ

 

 ある者にとっては生命の冒涜

 ある者にとっては使命の感得



 灰色の雲が覆う小さな町で住民の失踪が相次いだ。

 失踪した人の共通点は10~20代であること。そして、女性であることだ。

 


 そして今日の朝方。異臭がすると通報があった。

 通報があった場所はとある森の奥にある廃墟だ。


 突入した警察官によると、ゴミが捨ててあるわけでは無いのだが、確かに匂うと。その廃墟のとある和室の一角に埃の被ってない畳があり、不審に思った警察官はその畳を剥し中を覗くと地下への梯子があり、その周辺には複数の死体があったと言う。


 それはただの死体では無かった。手足や首が斬り落とされ、そのパーツがバラバラに散らばっていたのだ。

 

 恐る恐る地下へ降りると、人ひとり横になれそうなサイズの台を中央に据えた四畳ほどの狭い部屋があり、医療道具や睡眠薬らしきものが散乱していたらしい。


 その台の上には至る所に不格好に縫った跡のある死体があったと。


 畳の下にあった死体と散乱してる道具、台の死体。それを見て突入した警察官は察した。


 この継ぎ接ぎの死体のパーツは全て違う人間のものだと、不格好に縫い付けられた手足や首。いったい誰の何にパーツを縫い付けたのかはもはや不明。まるで神話に出てくるライオンの頭、蛇の尾、ヤギの胴をもつキメラのようだったと。

 命と尊厳を奪う悪魔の所業。悪魔のせいにしてもよいという言い訳をしたくなるような有様だったと。


 そして、その被害者の死体の中に――俺の娘の首が落ちていた。


 

 通報があり、調査結果の報告を受けたのが昼前。それからすぐに捜査本部が設置され、俺は通報があった場所の付近の防犯カメラのチェックを任された。

 

 

「富沢さん。防犯カメラのチェック順調です?」


 警察署の会議室の一角。紙コップに、並々に注がれたコーヒーを口を尖らせ啜りながら後輩の佐藤が隣の席に座る。


「順調に見えるか?」


 俺は防犯カメラの映像が垂れ流されているモニターが置かれた机に肘を置き、頭を抱えた状態でちらっと佐藤の顔を見る。


「見えないから声かけました」


 佐藤は椅子の背もたれに体を預けながら続ける。


「富沢さん……二人いましたよね? 娘さん。連絡とったんです?」


 佐藤の言いたいことはすぐに察することができた。

 

 俺には二人の娘がいる。妻が不治の病と申告され、帰らぬ人となったのが一年前。それがきっかけとなったのかはわからないが、娘たちは家を出ていった。出ていったと言っても、車があればすぐに行けるような距離にいる。彼女らなりの気遣いなのだろうと感じた。俺も警察の仕事が忙しいのと娘たちも就職したりとすれ違いが多く会うことは無いが、稀にメッセージで2、3やり取りするくらいはしている。親らしくない、親として失格なのは自覚している。

 

 当然、残されたもう一人の娘に連絡をいれた。

 ただ、無事でいてほしいと願って。


「連絡は入れたが、既読がつかない」


「大丈夫。きっと無事ですよ」

「……ああ、そうだな」

「ほら、早く犯人の手掛かりみつけましょ」


 佐藤も目の前のモニターに俺が見ているのとは別の日の防犯カメラの映像を映す。

 ただひたすら無言で映像を睨みつけてる時、署に一本の電話があった。


 ――自首だった。


 それも、今現在犯人捜索中の事件のだ。


 

 当然だが、自首があってもすぐ逮捕できるわけでは無い。ほんとに犯人なのか、ある程度の裏付けを得るために取り調べをする。担当は俺だ。自首した奴からの名指しだったらしい。過去に面識があるのだろうか。だが、誰だろうとそいつが娘を……。


 落ち着け。まだ犯人と決まったわけじゃない。

 俺は爪跡が残るくらい拳を握り締める。こうでもしなきゃ自首した奴の顔を見た瞬間、そいつのことを殺してしまいそうだ。


 自首した奴が署に着き、すぐに俺が呼ばれる。

 

 取調室に入ると、部屋の中央に置いてあるテーブルの向かいに、にこやかに笑う人の姿が見えた。その姿を見て俺は思わず声を上げそうになったが、あくまで平静を装い手前に置かれているパイプ椅子に腰掛ける。

 すでに日は傾きだし、西日が取調室の中に降り注ぐ。

 

 改めてそいつの顔を見て俺は頭を抱えた。

 本当のことを聞きたい。本当のことを知りたくない。


 相反する2つの感情が俺を締め上げる。


「……なぜ。なんでこんなことをしたんだ? こんなイカれたことを。こんなの人間の所業じゃないぞ」

 

「なぜ? ……そう頼まれたから。――ああ、子供の頃を思い出します。通っていた学校で飼ってた鶏と雛を解体した時も人の道を外れるな。もっと人間らしく生きろと叱られました」

 

 表情を変えずに答える。まるで笑顔のお面を張り付けているようだ。とても同じ人間だとは思えない。


 ギリギリと歯を軋ませる。

 なんで、なんでなんだよ。


「……ほんとに君がやったのか?」


 しばらく無言でいたが、笑顔の仮面をストンと地面に落としたかのように真顔になり、俺の目をじっと見つめ口を開く。


「刑事さんは、キメラ病って知ってます?」


 知っている。というか知らないはずがない。

 妻が、診断された病気がまさにそれだからだ。



 発症する原因は不明。

 キメラ病に罹った患者の遺伝子が、異なる生物の遺伝子と融合するという特異な現象を引き起こし、人間と動物の特性を併せ持つ存在になる。


 発症してすぐに体に異変が起こり、肩に鱗のような痣ができる。そして発症からおよそ2週間で命を落としてしまうという奇病だ。


 発症後、徐々に人間としての姿は失われ、死の直前の姿は見るに堪えないものだった。

 医者として医の道を突き進んだ妻自身でも治せなかった。不治の病。

 

 そんな病気が世の中で話題にならないのは、発症者は年に1人から2人。感染力は皆無という事が理由だろう。病気の名前も知ってる人の方がはるかに少ない。



 いや、そんなことを聞きたいわけじゃない。

 俺が口を開こうとすると、それを遮るようにポツリポツリと話し始める。



「世に出て職を得て気づいたんですけど、私って落ちこぼれだったんです」


 は?


「誰にも頼られることなく、異端だと罵られ、ただただ惰性で生きていました」


 何が言いたいんだ。


「私には血縁者がいました。その人は健康な体さえあればいいと口癖のように言っていました。おばあちゃんみたいって二人で笑い合ったりもしました」


 …………。


「そしてその人から連絡が来たのは最近でした。助けてほしいと。誰にも頼られなかった私が初めて頼られたんです。使命を与えられた気分でした」


 俺は言葉が出なかった。

 饒舌に過去を語るその表情はだんだんとうっとりとした笑顔に変わっていく。


「久しぶりに会ったその人は不治の病でした。私にはすぐにそれがキメラ病だとわかりました。当然ですよね。治療法が無いのも知っていました。そこでその人の口癖を思い出しました。――そうか。健康な体にしてあげればいいんだと」


 

「やめろ!これ以上言うな!」


 俺は思わず机を叩き立ち上がる。

 俺の斜め後ろで取り調べの内容を記録している職員がビクッと体を震わせる。


 

「……お前がほんとにやったのはわかった。なんで。なんでもっと人間らしく生きてくれなかったんだ……!」


 こんな人の道を外れるような。悪魔のような行為をなぜ。


「恥ずべきところは何もありません。私は悪魔ではなく正しく人間です」


 ありえない発言に思わず目を見開く。


「大事な大事な家族のために尽くすことは、とても人間らしい行為ですよね?」


 そう言うと、向かいに座る人は立ち上がり、上着を脱いで服をずらし俺に肩を見せる。

 そこには、鱗のような痣があった。


「せっかく会いに来たんだから、人間らしく。親らしく。私の事助けてくれますよね?」


 ――お父さん。

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らしさ 加加阿 葵 @cacao_KK

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