第131話 ヤコの事後処理

「陛下、勇者様の御用商人、ヤコ様がいらっしゃいました」


「うむ、通せ」


王宮に女が一人。


狐の耳を生やした、グラマラスな美女。


子供を一人産んだとは思えぬ、きゅっとウエストが引き締まった、キャリアウーマン。


それが一言。


「ご報告致します、陛下。此度の魔人とやらの、解析結果を。これは、魔王による、勇者召喚の儀式の応用……」


———『魔人召喚』、ですわ。




魔人召喚。


その技術は、人類国家の全てに激震が走るものだった。


『勇者召喚』……、この儀式魔法は、王国が周辺国家からリソースを集めて行う、この世界最大の儀式魔法。


その力は、ムーザランのそれにも匹敵し、時空の壁も時間の流れも全て突き破り、『善なるヒト』を呼び出すという、凄まじい召喚術である。


「魔人……、召喚、だと?それはつまり、勇者召喚の儀式の術式を組み換え、悪人を呼び出すということか?」


「そうなりますわ。死後の鑑定結果になりますが……、この魔人と名乗った三人の青年達には、『窃盗』『強姦』『暴行』などの犯罪歴が無数ありました。マイナスカルマの存在を呼び出したことについては、間違いないかと」


「だが、そうだとしても、リソースは何処から?」


そう。


この術式に、国が傾くレベルのリソースと、多数の術師、莫大な魔力が必要なのは、理由がある。


もちろん、時間や時空を突き破ることそのものにパワーソースが費やされることは当たり前だが……。


それ以上に、「アライメント」や「運命力」による選別が難点なのだ。


本当の意味で、善なる人間。


女に囲まれ、『チートスキル』の力を得ても、増長し他者を虐げるようなことのない、本当の善人……。


それは、本当に少ないのだ。


人は、基本的には、善なるものではない。


善なるものであっても、ある時にふと、魔がさすこともある。


力を得ると、増長してしまう。


老いると耄碌し、若いと逸る。


「善人」は、どこの世界でも希少なのだ。


更に、「運命力」……。


運のある善人は、もっと少ない。


その上で、ある程度の技能、生殖能力、知識……。


全てを満たすものは、本当に少ないのだ。


魔法的には、人間の善悪道徳的に「正しいもの」を呼び出すよりも、「希少なもの」を呼び出す方が、より難しい故に。


……逆に言えば。


そういったところを、丸きり「指定しない」場合、どうなるだろうか?


……そう、コストは半減する。


だが、国を傾けるほどのリソースが半減しただけでは、まだ足りない。乱用できるほどのコスト軽減にはなっていない。


「確かに、世の中には悪人の方が多い。悪人を召喚するのは、楽ではあろう。しかし、それでも、時空の壁を突き破るほどの力は中々に用意できんぞ?」


「……本当にそうでしょうか?」


「何?……まさか!」


すると、どうするか?魔王はどうしたか?


……「生贄」を使ったのだ。


先日の、「砂漠の国」を壊滅させた際に、たくさんの人間を集めていた。騒乱の中でこっそりと、誘拐して。


その人間達を使っての召喚は、大変に効率が良く、何十人もの魔人を呼び出すことを可能としていた……。


人の国、特に、勇者召喚の儀式を継承しているサーライア王国には、それがよく分かった。


勇者召喚の術式も、実は、その気になれば生贄でリソースを大幅に削減できることは分かっている。


何を隠そう、最初の勇者こと「建国王ヨシュア・スカイ」は、多数の生贄を使った勇者召喚によって呼び出されているからだ。


勇者ヨシュアが降臨する前、遥か昔のこの世界『ファンタジアス』は、当時の圧倒的に強かった魔王軍に、ギリギリまで追い詰められており……。


王侯貴族からすらも生贄を募り、一発逆転を賭けて、最悪にして最高の儀式を執り行ったのである。


その為、勇者ヨシュアの力は凄まじく強かった。チートも、ステータスも、成長速度も。圧倒的な力であらゆる魔族を焼き払い、世界の全てに平和をもたらした……。


そして、世界に統一された、人類として魔族に対抗する為の巨大な同盟、連帯、連合国を作り、その王となった。故にこその、「建国王」である。


そんなヨシュアは、その勇者召喚の儀式を知った時に、深く悲しんだと伝承が残っている。


自分を呼ぶ為に、人の命をすり潰すなんて、許し難いことだと。


無論、そうしなければこの世界は魔族のものになっていたことは、ヨシュアも理解していた。


だが、それはそれとして。


もう二度と、生贄を使って救世主を召喚するようなことをしなくても良いように、と。


ヨシュアは余生を富国強兵に努め、生贄を使わずとも勇者を召喚できるようにしたのである……。


……そもそも、人を勝手に救世主にするな!という話なのだが、そこは実は、勇者召喚で呼び出される存在は、直近に死の運命がある。


例えば、本当にベタな話だが……、トラックに轢かれそうな子供を庇って死ぬ瞬間に……、だとか、そんなような感じだ。


だからセーフです!などという訳ではないが、召喚された勇者自身も自分が死んだ瞬間を自覚しているために、転移後に新しい使命と人生が与えられたことに拒否感があまりないらしい。


とにかく、現行の勇者召喚の儀式には、問題はない。


「なんと、非道な……!人を生贄にするとなると、その魂は完全に消滅し、生きた証すら消え去るのだぞ?!魔王め……、そこまでするか……!」


だが、コストパフォーマンスの為に、問題がある形に儀式を歪めたのが、魔王軍の魔人召喚の儀式ということ。


「ですが、良い報告もあります。まだ、この術式は『未完成』です」


未完成。


まだ実験段階故に、呼び出された魔人も雑多なもの。


それはもちろん、魔王としても、精強な軍人や無双の剣士などを呼びたいものだが、それは中々に難しく。


異世界からの召喚という儀式魔法のナレッジを、一から積み上げるところから行っていた。


故に、此度の三人の魔人も、チートスキル以外は大したことのない、単なる不良高校生であった訳だ。


「なるほど……。此度の魔人は、弱い者だったのか……」


「そうでしょうね……。まあ、瞬殺されていたのでよく分かりませんでしたが……。ただ、これだけ周到で悪辣な戦法を駆使する魔王が、ただ手下を使い捨てにしたとは思えませんわ。何かは分かりませんが、この戦いでも魔王は何かを得たはずです」


更に、今の魔王軍は抜け目がない。


偵察型の使い魔により、勇者の様子を見ており。


それで、「今回の勇者はチートスキルを使っていない」ことに気がついていた……。


まあ、もちろん。


今までの勇者と異なり、チートスキルを使わずに気持ち悪い挙動をしているのだと思うと、魔族一同に怖気が走ったが……。


が、しかし。


こうして、観察と、手札を割り出して対策を練れば、最強の勇者にも届くであろうという確信があった……。




「ふむ……。しかし、あまり疑心暗鬼になるのも困るな。勇者殿は?」


「フィンドルニエへ向かう準備を。今は、転移魔法らしきもので、わたくしを王都へと連れてきてくださいました」


「なるほど、貴公は気に入られているようだ」


「いえ……、それでも、不具合があれば切られる程度のものです。とにかく、勇者様の気性についての喧伝を急いで頂きたく存じますわ」


「分かってはおるのだが……、愚か者ほど、余の言葉を軽んじる。先代勇者が遺した、『デンワ』の魔導具にて各方面に報告はしてあるが……」


「ここに来て、かつての勇者様方が提唱していらした、『地方分権』が仇になりましたか」


「そうだ……。勇者様方は、善なる存在。人の悪意を、怠惰を、傲慢さを知らぬ。それに、前百年に魔王が現れなかった為に、皆が平和ボケしておる……」


「……苦しいところですわね。こちらとしても、勇者様を可能な限り押し留めますわ。ですが最終的には、わたくしは勇者様側に味方をすることだけは認知なさいませ。わたくしも、命は惜しいですから」


「うむ、分かっておる……」

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