Sugar moonlight

入江 涼子

第1話

 ある夜に、一人の女が散策していた。


 空には白銀のお砂糖で作られたようなお月様が地上を静かに照らしている。女は立ち止まり、空を見上げた。


「……綺麗なお月様だわ」


「ふむ、珍しいお客さんだ」


 女は背後から聞こえた声に振り返る。驚いていたが、すぐにそれは笑顔に変わった。


「あら、あなた。こんな夜更けに何をなさっているの?」


「お客さん、野暮な事を訊くね。私はこの庭園の主、散策をしていたのだよ」


「そう、なら。マスターとでも呼んだらいいの?」


「そうだなあ、私の事はライトと呼んでくれ」


「わかったわ、あたしの事はシュガーとでも」


「……相わかった、シュガー。改めて、私の庭へようこそ」


 女もとい、シュガーに庭園の主であるライトは笑顔を見せた。


 シュガーはライトと共に、ゆっくりと庭園を散策する。その間、ライトはシュガーと取り留めもない話をした。


「……ふむ、シュガーは元々は商家の娘さんだったのか」


「うん、父が大きな商会を立ち上げて。今はあたしも一職員として働かせてもらっているわ」


「ほう、私はさる貴族の子でね。今は没落しているが」


 ライトが話すとシュガーは驚いてみせた。が、よく見れば、ライトは物腰が柔らかくて品がある佇まいだ。貴族と言われても疑わないだけの物を持っている。


「それよりもあたしはね、この庭園に咲く花が気になっていて。珍しいわよね、青い薔薇は」


「気に入ってもらえたようだね、私が魔術で作ったんだが」


「まあ、魔術で?!」


 シュガーが驚きを隠せないでいると、ライトはくすぐったそうに笑った。


「ははっ、そんなに驚くような事ではないよ」


「驚くわよ、あたしからするとね。魔術なんて平民は使えない人の方が多いわよ」


「それはそうか、なら。ちょっと、見せてあげるよ」


 ライトはそう言って、パチリと指を鳴らす。そうしたら、二人の周りに薄桃色の花びらがヒラヒラと空から降り注いだ。今は真冬であり、凍りつきそうな寒さだというのに。けど、この庭園の中に限っては真冬と思えない程に暖かくて雪も積もっていない。薄着でも平気な程にた。


「綺麗ね、これも魔術で?」


「ああ、幻覚魔法の応用でね」


 ライトが再び指を鳴らすと花びらはふつりと消え去る。シュガーはその様子に、目を見開いた。


「凄い、あたしにはできないわね」


「魔力さえあれば、君にもできるよ」


 ライトはそう言ったが、シュガーは横に首を振る。


「残念ながら、あたしには魔力がないの。だから、できないわ」


「そうか、けど。私は魔力がない人がかえって羨ましいよ」


「そうなの?」


 ライトは苦笑いしながら、頷いた。シュガーはそれに返す言葉がない。二人は苦い沈黙の中、歩き続けた。


 満月も西に傾き始めた頃に、シュガーは庭園を立ち去ろうとする。ライトは引き留めはしない。


「……そろそろ、帰るわ」


「ああ、シュガー。楽しかったよ、君と話せて」


「あたしもよ、さようなら」


 次の約束を二人はしない。この一夜限りの逢瀬だと互いに分かっている。けど、シュガーはちょっとだけ、名残惜しさを感じた。それを無理に抑えながら、ライトに手を振る。ライトも小さく振り返す。シュガーは帰路についた。


 翌朝、シュガーもとい、シーナは目を覚ました。瞼を開けると同時に、一筋の涙が流れる。シーナはどうしてかと思うが。すぐに昨夜の不可思議な夢を思い出す。ライトと名乗る男性と美しい庭園を一緒に散策したあの一夜をだ。


(ライトは親切だったけど、初対面の男性に対してあれはまずかったわね)


 いろんな事を話し過ぎたきらいはあった。ライトは嫌がらずに聞いてくれたが。シーナは深いため息をついた。


 昼間から、てきぱきと父が運営する商会の仕事をこなす。書類仕事をひたすらにだが、シーナにとっては慣れたものだ。


「……シーナ、今日はいつも以上に気合いが入っているな」


「そうかな、変わらないと思うけど」


「何かあったのか?」


 シーナにそう言ったのは実兄で商会の副会長のスティーブだ。彼と二人で書類仕事を裁くのは日常になっていた。


「……うーん、実はね……」


 シーナは掻い摘んで、昨夜に見た夢の話を説明する。スティーブは時折、相づちを打ちながら聞いてくれた。


「……成程、お前がそんな夢を見るとはな。そのライトさんは魔術師かもしれない」


「どういう事?」


「魔術師には不思議な力がある、例えば。予知夢と言って、自身で見た夢で未来を視たり。夢を見ている人間に影響を与えたり、またはその中に入ってみせたりとかできるらしいぞ。もしかしたら、そのライトさんはお前の夢に入り込んで、何かを成そうとしたのかもな」


 シーナはその話を聞いて、初めてライトに底知れぬ怖さを感じた。彼は何が目的だったのか。それが分からないので、余計に背筋が冷たくなる心地だった。


 その日の夜の夢にも、ライトは出てきた。けど、シーナは二言三言話したくらいで会話を切り上げる。ライトは怪しがる事はなかったが、それでも残念そうにしていた。

 シーナはライトの事を調べようと決意する。まず、兄のスティーブや両親に彼の事を詳しく説明した。

 ライトがどうやら、没落した貴族の息子で魔術師でもあるらしいと。彼が幻覚魔法を簡単に扱ってみせた事から、かなり優秀な魔術師であるのは確かだろう。両親もスティーブも二つ返事で了承してくれた。これにより、シーナはライトを探し出す事にしたのだった。


 あれから、半月が過ぎた。両親やスティーブはいろんなツテを使い、ライトについての情報を集めてくれた。それによると、最近に没落した貴族――ライトの実家はワーナー公爵家であり、嫡男が魔術師だった。嫡男の実名はアイオライト・ワーナー。白銀の髪に淡い紫の瞳の超がつく美男子だ。しかも、武芸や学問も非常に優秀であり、魔術師としての腕も確かであるハイスペック過ぎる男性だった。性格も穏やかで温厚、冷静さもある完璧なお貴族様で。シーナはそう書かれた書類を読んで、自身は決して釣り合わないと痛感した。


「……年齢は二十二歳か、あたしより二歳は上ね」


 シーナは独り言を口にしながら、ふむと唸る。テーブルに置かれたコーヒーを一口含んだ。程よい甘さと苦味があり、疲れた頭を癒してくれる。シーナはさてと考えた。


(ワーナー公爵邸はこの王都の北東にあるけど、行ってみようかな)


 シーナはコーヒーをぐいっと呷る。書類をテーブルに置いて、椅子から立ち上がった。


 シーナは直接、馬に乗り、兄のスティーブや商会に雇われた護衛のダナンとの三人でワーナー公爵邸を探した。まず、地図を見ながら北東をひたすら目指す。途中で人にも聞きながら、公爵邸があったという一角を見つけた。シーナは目の前にある光景に目を丸くする。

 夢の中で見た美しい庭園は跡形もなくて、彼女の背丈以上に伸びた草が辺りを覆っていた。しかも、木々も長年伐採されもせずに放置されている。おかげでカラスが鳴き、不気味の一言に尽きるくらいには荒れ果てていた。意を決してスティーブやダナンがなたを持ち、草を薙ぎ払いながら、シーナに声を掛けてくる。


「シーナ、俺達が草なんかを取り払うから。後ろから付いて来な」


「分かった」


 頷くと、スティーブやダナンは無言で鉈を振るった。少しずつ、進みながら邸跡を目指す。やっと、跡にたどり着いた時には二時間近くは過ぎていた。スティーブやダナンは額に浮かんだ汗をタオルで拭きながら、一息つく。


「ふう、やっとだな」


「ええ、若様にお嬢。こんなに荒れ果てているとは僕も驚きました」


「ああ、シーナ。その、覚悟はしておけよ」


「……分かった、ありがとう。兄さん、ダナン」


「とりあえず、僕が先頭になります。若様やお嬢は気をつけてください」


 ダナンはそう言いながら、邸跡に向かって歩き出す。スティーブやシーナも続いた。


 邸跡には一つの石碑らしき物があるだけだ。が、一人の人影が佇んでいた。 


「……来てくれたんだね、シュガー」


「……久しぶりね、ライト。いいえ、ワーナー公爵閣下」


「知っていたのか」


 シーナが言うと、背の高い人影は近づいてきた。目を凝らすと人影の向こうが透けて見える。それで彼女は全てを悟った。


「閣下、あなたは亡くなっていたのですね」


「……ああ、十年前にね」


「すまないとは思っているよ、ただ君に頼みたい事があって。それで私の夢に喚んだんだ」


 ライトもとい、ワーナー公爵は苦笑いをする。


「……シュガー、王都の東部に私の姪っ子が住んでいる。彼女にこの石碑の裏にある指輪を渡してほしいんだ。姪っ子には私の名を出すだけで良い、分かってくれるはずだよ」


「分かりました、閣下。姪っ子さんの名を教えてくださいませんか?」


「……ミリア・セリエス。今のセリエス公爵夫人だ」


「教えていただき、ありがとうございます。では、早速お渡ししてきますね」


 シーナが答えるとワーナー公爵は安堵したらしく、にっこりと笑った。すうと彼の姿は透明になっていく。


「これで思い残す事はないよ、ありがとう。シュガー」


「……あたしの名はシーナです、閣下」


「……そうか、シーナ。さようなら」


「ええ、さようなら。ワーナー公爵閣下」


 ワーナー公爵は完全に消え去る。幽体となってまで、シーナに頼みたい事。心配されていた姪のセリエス公爵夫人が少し羨ましくなったシーナだった。


 シーナはすぐに石碑の後ろを探った。スティーブやダナンと三人がかりで穴も掘り、しばらくして。片手に載る程のビロード状の布張りの箱が見つかった。そっと開けてみると、非常に保存状態が良い指輪があった。箱を閉じるとシーナは持って来ていた油紙に包み、丁寧に布でも包んだ。二重にした上で邸跡を立ち去った。


 再び、馬に乗り、三人でセリエス公爵邸を目指す。夕刻近くになり、邸にたどり着いた。ダナンが邸の玄関口に立ち、ドアの金具を鳴らす。そうしたら、中から一人の男性が応対に出てきた。


「……あの、いきなりで申し訳ありませんが。私はアロー商会の者です」


「アロー商会?聞いた事はありますが、その方が何のご用でしょうか」


「実は我が商会の副会長が是非にと、そちらに挨拶を申し上げたくて参ったのですが」


「はあ、とりあえずは奥方様に報告はしてきます。少々、お待ちください」


「分かりました」


 男性はそう言って、ドアを閉めた。一旦、奥に行ったらしい。しばらくは寒い中で待った。


 日が傾き出した頃に男性が再び、出てきた。


「あの、奥方様が「詳しい話を聞きたい」と。中へどうぞ」


「……わざわざ、すみません」


 ダナンが言うと、男性は頷く。ドアを開いてスティーブやシーナにも入るように促した。


 その後、奥方もとい、セリエス公爵夫人が応接室にて待ち構えていた。艷やかな金の髪を結い上げた美しい女性だ。瞳の色がワーナー公爵と同じ淡い紫だった。


「……あなた達がアロー商会の方なの?」


「はい、私が副会長です。名をスティーブ・アローと申します」


「ああ、あなたが副会長さんなのね。アロー殿、わたくしはあなた方とは初対面のはずよ」


 スティーブは苦笑いをしながら、シーナに手招きをする。


「……いきなりの非礼はお詫びします、実は。奥方様にご用があるのは私の妹なんです」


「あら、アロー殿ではなかったの。お嬢さん、名を教えてくれないかしら」


「……初めまして、奥方様。あたしはアローの妹で名をシーナ・アローと申します。今回、こちらに参ったのはワーナー公爵閣下の事でお伝えしたい事があったからです」  


 シーナが緊張しながら、言ったら。セリエス公爵夫人は目を見開いた。


「ワーナー公爵、まさか。今は亡き叔父様の事かしら」


「はい、十年前に亡くなったアイオライト・ワーナー公爵閣下です。その方から、ある事を頼まれました」


「ある事?」


 シーナは怪訝な表情の夫人に一つの布包みを掲げてみせた。自身の手で布包みを解き、油紙も開いた。出てきたのは黒の滑らかなビロード張りの小さな箱だ。それの蓋も開いた。


「……その指輪は!」


「はい、閣下はこちらを奥方様にお渡しするようにと仰っていました。また、ご自身の名を出せば。分かってくれるはずだと」


「それはそうよ、叔父様はわたくしの事を最期まで気に掛けてくれていたから」


 夫人は涙ぐむ。ソファーから立ち上がると、シーナのすぐ前までやって来た。


「……これはね、ワーナー公爵夫人に代々伝わる指輪なの。初代当主が魔術師として、最強の名をほしいままにしていたわ。その彼が作り出した史上最高の魔導具で、夫人に命の危機があった時、必ず救ってくれると聞いた事があったわね」


「そんな凄い代物なんですね」


「ええ、シーナさん。あなたがわざわざ、見つけ出して。ここまで、持って来てくれたのね。ありがとう」


「あたしは特別な事はしていません」


「そんな事はないわ、けど。何故、あなたがその指輪を見つけ出せたの?」


「……それには、深い訳があるんです。話せば、長くなりますけど」


 シーナが言ったら、夫人は笑う。


「ふふっ、分かったわ。訳を聞かせてちょうだい」


「はい」


 夫人は向かい側のソファーをシーナ達に勧めてくれた。ダナンとシーナが人一人分の隙間を開いて座り、スティーブは近くの一人がけのソファーに腰掛けた。壁際に控えていたメイドが紅茶を三人分手早く用意してくれる。夫人は人払いを命じた。メイド達が応接室を去って行くと彼女はぬるくなった紅茶を口に含む。


「さ、人払いはしたわ。シーナさん、聞かせてくれない?」


「分かりました」


 シーナは頷いて、事の次第を順を追いながら、説明した。しばらくして、話し終えると。シーナは紅茶を一口含んだ。夫人は考えながら答えた。


「……そう、夢を通じて叔父様のお邸を突き止めたのね。その邸跡で叔父様の霊と会い、頼まれた」


「はい、ワーナー公爵閣下は石碑の裏手に先程にお渡しした指輪があると教えてくださいました」


「成程、そして指輪を掘り出して。わたくしの元まで届けに来てくれたのね」


 夫人は頷きながら、取り出したハンカチーフで目元を拭いた。


「本当に、何とお礼を言ったら。そうね、シーナさん。夜も遅いから我が家の馬車で送るわ。兄君方も」


「え、いいんですか?」


「それくらいの事はさせてくれないかしらね」


 シーナは驚きながらも頷いた。しばらくは夫人から、ワーナー公爵の事を教えてもらうのだった。


 その後、シーナは公爵夫人の計らいにより、馬車で自宅に帰った。普段に乗る辻馬車とは比べものにならないくらい、乗り心地は非常に良かった。クッションがたくさんあり、ふかふかしているし。振動も全くなくて、快適そのものだ。何より、中も外も豪華な造りでシーナは一生分の運を使い切ったような気持ちになる。自宅に帰ると、馬車はガラガラと公爵邸に戻っていく。見送りながら、シーナはスティーブやダナンと三人で余韻に浸っていた。


 そんな不思議な出来事から、半年後の七月にシーナは結婚した。相手は何と、身分違いもいいところな人だ。そう、現在シーナの夫になったのはセリエス公爵家の次男であるラインハルト・セリエスだった。つまりはワーナー公爵の遠縁の男性になる。ラインハルトはワーナー公爵によく似ていて、白金の髪に淡い紫色の瞳の美男子だ。武芸や学問も優秀で性格も明るい。だが、意外と細やかな気遣いができる。算学にも強く、なかなかに弁が立つ。


「……ライン、今日はワーナー公爵閣下のお墓参りに行かない?」


「いいよ、今日はアイオライト様の命日だったね」


「うん、閣下にお礼を言いたいしね」


 そうシーナが笑うと、ラインハルトもにっこりと笑った。実はシーナは懐妊中でその報告も兼ねてのお墓参りだ。馬車を手配して二人は出立した。


 教会にある墓地に着くと、ラインハルトと二人で故人が眠る墓前に佇んだ。シーナの代わりに、ラインハルトが白百合の花束をお供えする。


「……ワーナー公爵閣下、お久しぶりです。今日はあたしの夫と一緒に来ました。あなたの遠縁に当たるラインハルト様です」


「久しぶりですね、アイオライト様」


 ラインハルトがそう声を掛ける。すると、さあっと一陣の風が吹いた。まるで、二人の呼びかけにワーナー公爵が答えたように思えた。


「……不思議な事もあるものね」


「うん、そうだね」


 二人して頷き合う。しばらくは祈りを捧げたのだった。


 お墓参りが終わり、シーナはラインハルトと二人で新宅に帰った。シーナの実家でなく、ラインハルトの実家であるセリエス公爵家が用意してくれた。いわゆる別邸をリフォームして、若い二人が使いやすいようにしてある。


「先程は驚いたよ」


「本当にね、まるで。ワーナー公爵閣下が答えてくださったようだわ」


「ああ、それよりも。シーナ、体調は大丈夫?」


「今は大丈夫よ」


「良かった、また何かあっても困るしね」


 ラインハルトが胸を撫で下ろした。シーナは「心配性ね」と言いながら、笑った。


 あれから、さらに時間は流れた。翌年の一月の下旬にシーナは元気な男の子を生んだ。

 彼は父のラインハルトにより、アレキサンドルと名付けられる。


「……シーナ、よく頑張ったね」


 出産が終わり、すぐにラインハルトはシーナと赤子の元へと駆けつける。シーナに心からの言葉を掛けた。


「ええ、ライン。男の子よ」


「ああ、可愛いね」


 シーナの傍らにすやすやと眠る生まれたての赤子が寝かされていた。ラインハルトは感慨深く、赤子を見つめる。


「……この子の名前は前から決めていたんだ、アレキサンドルだよ」


「そう、良かったわね。アレキサンドル」


 シーナが声を掛けると、赤子もとい、アレキサンドルが薄っすらと目を開けた。その瞳は両親の色が混ざり合った暁色だ。いわゆる青みが強い紫色で、髪はシーナ譲りの赤毛だった。


「本当に、こうして見たら。アイオライト様に目つきが似ているよ。まあ、僕似とも言えるけど」


「確かにそうね」


「あ、ごめん。君も疲れているし、僕はこれで失礼するよ。ゆっくり休んでね」


 ラインハルトは慌てて、シーナに向き直る。ゆっくりと近づいてシーナの髪を軽く撫でた。


「じゃあ、お休み」


「うん、お休みなさい」


 今度こそ、ラインハルトは部屋を出た。シーナは赤子を抱き上げたのだった。


 数年後、シーナはラインハルトとの間にもう二人の子に恵まれた。二人目も息子で名をイアン、三人目は娘でエルシアと名付けられる。皆、明るく元気な子らに育った。

 ラインハルトはこの時に、父から伯爵位を譲り受けた。ソラン伯爵と彼は呼ばれるようになる。シーナはソラン伯爵夫人となった。

 伯爵夫妻は末永く仲が良かった。子供達もそれぞれ優秀に育ち、活躍したという。

 特に娘のエルシアは王家に嫁ぎ、国の福祉や教育に大いに貢献した。彼女が生んだ男の子は後に、国王の位に就く。

 母方の祖母のシーナは「大出世の伯爵夫人」と呼ばれ、慕われた。

 エルシアはシーナから、晩年にかのワーナー公爵閣下との不思議な一夜の話を聞いた。そして、その一夜のおかげでラインハルトと出会えたと。

 エルシアはそれを自身の手記に書き残していた。手記を国王のアルバートは偶然にも見つけた。

 アルバートはそれを読み、大いに驚いたとか。彼は自身の遠縁にもなるワーナー公爵のお墓参りに行った。墓前で彼にお礼を告げたと、侍従は後に語る。アルバート王は賢君として讃えられるが、それはまた別の機会で語りたい。

 

 ――True end――



 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Sugar moonlight 入江 涼子 @irie05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説