娘と父親
デュオリンク大渓谷に生息する生き物を分割するのなら、やはり知性の有無は避けては通れない道だろう。
目の前にある食べ物に飛びつくような、野生味溢れた生き物はすぐに喰われる。
ある生き物は、わざと自らの食糧を湖に投げ入れ、集まってきた魚を捕まえる。
またある生き物は、自分とは見た目も中身も違う生き物の群れと結託し、己よりも強い生き物を殺して捕食した。
デュオリンク大渓谷は、必ずしも強い生物が覇権を取るわけではない。
どのような手を使ってでも、上に立とうとする者が派遣を取る。
言葉を話すことのできる生き物は、どれも賢く、強く、そして恐ろしい。
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『ふぉ〜』
「わ〜」
揃って水浴びを終え、焚き火にあたって体を乾かしているエレナと黒龍は、お互いに大きな欠伸をした。
そして、お互いの眠そうな顔を見ると、黒龍は吹き出した。
それを見たエレナは、理解できないと言わんばかりに首を傾げる。
『今日は疲れただろう』
「……うん」
『少し早いが眠るとしよう』
「うん」
黒龍はエレナに、いつかの昼ごはんとなった獅子の皮で作った上下一体の服を着せ、焚き火の火をふっ、と一息で消した。
寸分先すら見えない暗闇が二人を襲う。
『エレナ、こっちだ』
「うん」
暗闇の中、黒龍の娘は父親の声を頼りに寝床へと辿り着く。
ただ枯れ草を敷き詰めただけの、簡易的な寝床だが、エレナは文句を言ったことはなかった。
エレナは枯れ草の上に寝転がり、丸くなると真横にある黒龍の鱗を優しく撫でた。
(我も今日は疲れたな。動くことが減った影響で体力が衰えているのかもしれん)
黒龍は巨大な漆黒の翼を開くと、足元で丸くなって眠るエレナを覆い隠した。
そして、自分は深い眠りに落ちていくのだった。
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黒龍の翼の中、エレナはなかなか寝付けずにいた。
洞窟の冷たい床に敷き詰められたふかふかの枯れ草の上をゴロゴロと転がる。
次々と湧き上がってくる小さな思い出。
今日はとても楽しかった……気がする。
私は自分の気持ちを前に出すことが苦手だ。
言葉にすることも、顔に出すことも。
私の中に残る相反する想いが、私の精神を蝕み始める。
今日はまず、大きなお父さんの背中に乗った。
下を向くのはちょっと怖いけど、背中は大きなお父さんの温もりを一番感じられる場所だ。
それに、高い場所から見える景色は綺麗。
風が私の横を走り抜ける感覚は忘れられない。
……前のお父さんは、私の頬の傷を見るたびに嫌な顔をして、私を殴った。
次に、大きなお父さんに釣りを教えてもらった。
空を飛んだ時は驚いたけど、大きなお父さんがしっかりと私の命を握っていてくれたから、安心して私は釣竿を握ることができた。
目を開けるのは、もう少し先かもしれないけど。
……前のお母さんはいつも忙しそうで、私の相手なんてしてくれなかった。
大きなお父さんと外でお魚も食べた。
私の顔よりも大きな魚を、いとも簡単に大きなお父さんは丸呑みにしていた。
焼いたお魚はとても美味しかった。
黒くてパリッとした皮は苦かったけど、真っ白な身はふっくらとして、噛めば噛むほど熱々で美味しい汁が溢れてきた。
……私はあの村で何を食べてた?
大きなお父さんと過ごしてから、私は毎日が楽しい……のかもしれない。
でも、あの村にいた時よりも
でも、あの村にいた時よりかは、はるかに良い環境だろう。
美味しいご飯にふかふかの寝床。
それに、村では絶対に手に入らなかった自由。
『お前はいらない子だ』
『汚い傷。何かの予兆かしら?』
蔑みの眼差し。視線の先には鎖で繋がれた私。
『こいつはどう処分する?』
『そこの大渓谷にでも捨てればいいじゃない。魔物に食べられたらそこで終了。運良く助けられたらラッキー』
閉められる鉄格子。冷たく湿った石の床。
『さっさと行け!!』
『さようなら。そして、二度と私の前に姿を現さないで』
蹴られて痛いお腹。飛び交う罵声。
私は一人で歩き始める。
寒い。お腹すいた。痛い。
苦しい。助けて。誰か助けて。
誰か……誰かっ!!!!
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『大丈夫か?』
目を覚ますと、そこは私のよく知る天井だった。
目に映るのは、ごつごつとした岩が剥き出しになった洞窟の天井。
無造作に飛び出した七色の鉱石。
そして、心配そうにこちらを見ている大きなお父さん。
いつのまにか私は寝ていたようだ。
大きなお父さんが話しかけてくる。
『悪い夢でも見たか?』
「……うん」
『怖かったか?』
「うん」
『眠れそうか?』
「…………」
私は返答に詰まった。
心の中で、僅かに恐怖を覚えていたからだ。
もし、さっきの夢をもう一度見てしまったら、私は目覚めることができなくなるだろう。
大きなお父さんが口を開いた。
『エレナ、我は怖いか?』
果ての渓谷で忌子は龍と出会う @namari600
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