剣を探す
デュオリンク大渓谷では、生まれた時から持っている能力や力が、その後の生存確率を左右する。
前者は翼を持つ、水中でも呼吸ができる、寒暖差や乾燥に強いなど。
後者は産まれた時の種族に大きく左右される。
龍が生物の頂点に君臨する理由は、産まれた時の能力の高さに起因する。
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黒龍は、陸地を歩くことよりも、大空を自由に飛ぶ方が好きだった。
せっかく生まれ持った翼があるのなら、それを最大限に利用しなければ勿体無い、と考えているからでもあるが、一番の理由としては、
『エレナ、何か見えるか?』
「たかくてみえない」
『そうか。少し高度を下げるとしよう』
自らの娘の表情がもっとも柔らかくなる瞬間だから、だろう。
黒龍が翼を閉じると、まるで重量が二人の地点だけ増加したかのように、黒龍の重い体は落下する。
地面に直撃する。
そんな失敗を黒龍がするはずもないのは明白だが。
『エレナ、大丈夫か?寒くはないか?』
「さむくない。だいじょうぶ」
漆黒の翼の付け根にしがみついたエレナは、興味深く大地を見つめている。
黒龍とエレナは、散歩をよくする。
デュオリンク大渓谷は危険だが、それ故に生息する魔物は知恵をつけた者が多い。
迂闊に黒龍に近づく馬鹿はいなかった。
それは、エレナにとっては安全以外の何者でもなかった。
「みずうみ」
『もうここまで来てしまったか。少し休憩でもしていこうか?』
エレナが小さく頷いたのを確認すると、黒龍は湖の岸辺に向けて翼を動かした。
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上から見た湖と、横から見る湖では、全くと言っていいほど見え方が変わってくる。
当たり前のことだが、黒龍にとっては、その当たり前を感じるたびに、つい景色に心を奪われてしまうのだ。
上から見た場合は均等に生えた大樹も、横から見れば遠近を感じる趣深い景色へと変わる。
「ゆれてる」
エレナの一言で、黒龍は現実世界へと引っ張られる。
よく見れば、エレナのために黒龍が即席で作った木の釣竿が大きくしなっていた。
釣竿と言っても、よくしなる木の先端に、幾つもの返し針をつけただけのものだ。
不安そうに自らの釣竿と黒龍を交互に見るエレナに、黒龍は釣りの手ほどきをする。
『揺れたら引っ張るといい。力強く、勢いよくな』
「お、おもい……」
一進一退の攻防戦の中、少しずつエレナが湖に引き摺られていく。
この湖には、硬い岩でも簡単に噛み砕いてしまう顎の強い魚がたくさんいる。
エレナが少しでも足を踏み入れた場合、あっという間に片足を奪われてしまうだろう。
黒龍はそれを知っていた。
『少し手を貸そう』
「わっ」
黒龍はそう言うと、釣竿を持ったエレナの体を掴み、翼を開いた。
あまりにも突然の行動に、エレナは黒龍の顔をまじまじと見つめ、俯いてしまった。
なお、当の黒龍は湖の中にいる魔物に向けて殺意を漲らせていた。
『口と釣竿を握っている手を決して開くなよ。口を開けば舌を噛む。釣竿を離せば昼食がなくなる』
「……わかった」
黒龍はエレナの手に力が入ったことを確認すると、勢いよく上空へと飛び上がった。
その速さ、まさに神速。
目にも止まらぬ速さとは、まさにこのことだろう。
『8……9、いや10匹か。我には少ないが、エレナの昼飯としては上出来だ』
黒龍はエレナを背中に乗せると、釣り針に引っかかっている獰猛な魚を、一匹一匹丁寧に針から外し始める。
生まれて初めて水中から空へと飛び立った魚達は、訳もわからぬまま黒龍の手の中に収まっていった。
呼吸もできず、理解もできず、ただ針から外される身にしかなれない絶望。
食べる側から食べられる側への急展。
捕食者は、獲物の気持ちは考えない。
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『熱いぞ』
「うん」
適当な木の枝に体を貫かれ、挙げ句の果てに全身をパリッとするまで焼かれた魚達。
黒龍は、その中から適当な一匹を取ると、エレナにそのまま手渡した。
過酷な環境に放り出されたデュオリンク大渓谷の生物は、通常の生物よりも体が大きくなる。
どこにでもいる名も知らぬ魚も、エレナの体の半分ほどまで成長する。
「おおきい」
『少しずつ食べるといい。エレナはまだまだ小さいからな』
黒龍はそう言うと、自身の真横に無造作に積まれた生魚を掴み、口の中に放り込んだ。
これらは、先ほど黒龍が素潜りで取ってきたものだ。
……もっとも側から見れば、小さな魚に対する黒龍の一方的な蹂躙にしか思えない内容だったが。
「はふっ、はふっ」
『美味いか?』
『はふい』
『そうか。熱いか』
黒龍はエレナの髪の毛をわしゃわしゃと撫でると、湖を見つめた。
彼は悩んでいた。
この子の剣を探しにくる本来の目的は達成できなかった。
だが、黒龍には焼き魚を食べるエレナの姿が、なんだか嬉しそうに見えてしまった。
(この娘の表情には感情が出ないが、その分声色や動作には現れやすいな)
焼き魚を受け取ったエレナが、熱いのを理解してまで魚にかぶりついたのは、いつもと違う場所で食べるご飯に嬉々していたからだった。
(成長したかと思えば、まだまだ年相応の娘か)
黒龍は、まだ動いていた生魚を湖に投げ入れると、焚き火の周囲を取り囲んでいる焼き魚に手を出し、刺さった木の棒もろとも噛み砕いた。
パリッとした皮が破れ、中から熱々の脂と旨みが溢れ出す。
黒龍は焼き魚があまり好きではなかった。
その理由は、黒龍の巨体を満たすには、あまりにも効率が悪いから。
『食べる分には、こちらの方が美味いな』
「うん」
『釣りは楽しかったか?』
「うん」
『そうか。ならばまた来るとしよう』
「これもつかう」
差し出されたのは、黒龍が作った釣竿だった。
エレナはその場で何度か素振りをすると、
「えいっ」
と言って、竿の先端を湖に投下した。
なかなかに上達が速い。
まるで普段から練習していたかのような……
『まさか、普段の素振りがここで役に立つとは』
黒龍は小さく笑うと、いつもと変わらない無表情の娘の頭を再度撫でた。
自分だけの剣を見つけた娘の口角は、誰にも分からないくらいに小さく緩んでいた。
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