「好きなところに行けばいい」という受験指導
「受験生の担任経験もあるのでなんでも相談ください」
生徒にも保護者にも公言していたにも関わらず、進路指導では
「好きなところに行けばいいよ」
だけ。それが明子の担任だった。
私立高校の受験と違い、公立高校受験では、学校同士のやり取りが必要なことが多い。特に特殊な扱いについては学校長同士で確認となる。保護者ではどうにもならないこともあるのだ。受験をする丸一年前の2月、私は帰国予定の都道府県の教育委員会に質問を投げかけていた。当たり障りのない手続きの部分は回答を頂き、あとは学校から受験先の高校に尋ねてもらうしかないことも知っていた。特に受験の合否に関わる評定の部分については、学校から受験先の校長に尋ねてもらうように言われていた。各々の学校長の判断で行われる部分もあるからだ。
日本にいて、同じ都道府県の高校を受験するのであれば、学校からの案内だけでほとんどの物事が進む。しかし、そこは外国。受験資格や書類の送付・受け取り、飛行機や宿の手配だってある。何よりも、評定の扱いの確認は、合格率や志望校判断、受験の計画やスケジュールに関わる重要な部分だと思っていた。
受験の年の4月、調べたことをもとに、高校に質問を送ってもらえるようにお願いした。しかし、学校から帰ってきた答えは、まず教育委員会に自分で問い合わせろ、だった。教育委員会にすでに問い合わせをしてのことだと告げたが、年度が替わったからと言われ、仕方なくもう一度連絡を取り、5月はじめにまた同じ内容の回答を送ってもらった。日付や回答者だけが違う教育委員会から送られた「学校から高校に連絡してください」という回答を提示し、私はすぐにでも問い合わせしてもらえるものだと思っていた。
ところが、6月末の個人懇談で、受験要項が出てからにしましょう、と言われてしまう。7月、8月には学校説明会も開かれており、質問は受験要項が出る前に問い合わせても問題ない内容であったが、日本の高校が夏休みに入ることや9月に要項が出てまとめて聞くとということに一応の納得をし、要項を待つことにした。
首を長くして待った9月の末に要項が出され、問い合わせしますという連絡を待ったが、数日音沙汰はない。せっつくようで申し訳なかったが、飛行機を取ったり、証紙を取り寄せたり、海外だからこそ急いで確認をしなければならない。10月に入って、担任に連絡を取るが返事はない。まだかまだかと思いつつ2週間ほどたって、校長が高校に連絡を取り始めたという短い連絡が来た。私立の受験の10日前だった。
10月は私立の受験で終わり、すっかり催促をせずにいたらあっという間にひと月近く経っていた。学校に返事を尋ねると、まだ来ていないという。よくよく聞くとメールを送りつけただけで放置されていた。厚かましいとは思ったが、メールが届いているか電話で尋ねてもらうようにお願いし、電話で問い合わせができないのかと告げた。
さすがに電話をしてくれたようで、翌々日に返事が来た。メールで送られてきたその返事を見たとき、私は目を疑った。
「受験資格がありません」
受験資格がない。それはいったいどういうことだろう。
混乱して涙がこぼれた。
募集要項には、入学式の日までに住民票を入れる予定であれば受験できる」とある。教育委員会に数回確認しても「資格がない」と言われたことはない。
日本国籍はあるし、駐在が決まる前に7年近くも住んでいた街だ。住民票は抜いてきているが、戻る予定なのは確かだ。
なぜ。
絡まった毛糸をほどくように、少しずつ質問を投げかけ、話を聞いていくと、どうも校長が「受験のために帰国する」といったという。高校側は、受験して合格したら帰国すると言っているわがままなやつだと思ったに違いない。公立高校は、住んでいる地域の生徒のための高校だという至極まっとうな回答で行く手を阻まれた。
しかし、保護者の転居による出願は認められている。転居後しか出願は認められないわけでなく、入学式までに住民票を入れればよいという条件だけである。そして、その条件をわが家は満たすことができる見込みだし、その後実際に満たした。
何が悪かったかというと、言い回しだ。察するに、「高校受験のために帰国する」と言った校長先生の言い回しが話をこじれさせたらしい。正しくは「保護者の転居のために帰国する」だ。
どうにか確実に帰国する旨の書類をかき集め、出願用書類を送付してもらえる手はずになったのは12月の修了式の日だった。
保護者が調べて学校に確認をお願いしていることにも長期にわたって返事がなかったことで、親子で大変なストレスになっただけでなく、他の受験を検討する機会を失い、早期に飛行機も宿も取れず確認が取れないことで多額の費用がかかった。
明子の担任には、相談したいと申し出ると連絡を無視され、はぐらかされることも多くあった。受験に責任は持てないので、自分のいた都道府県ではないので、発言は控えたいという。それはわからなくもない。しかし右も左もわからない初めての受験で、一般的な受験制度への相談すら拒否された。「受験生の担任経験もあるのでなんでも相談ください」あれは嘘だったのだろうかとさえ思った。
受験は全て保護者主体で、学校は必要な書類を言われたら出すだけ。他の日本人学校は知らないが、それが明子が通った日本人学校の進路指導の全てだった。
「指導を行わない」どころか「進学活動の妨害」さえ受けた気がするのは気のせいだと思っておこう。担任の行いで明子は円形脱毛症になり、子どもも保護者も精神的苦痛を強いられた受験であったことだけが、事実だ。
中3女子が円形脱毛症になったわけ。 @branch-point
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