フレンドリーさの境界線。

明子の担任の先生が嫌な先生だったかというと決してそうではない。明子のクラスメイトの言葉でいうと「若いねって感じ」で、担任なりには子どもたちとフレンドリーに接したかっただけだったようではある。

ただ、子どもから聞いてきた授業風景はこうだ。


まず、授業の半分がおしゃべり。「現地の彼氏ができた」「ダイエットしなきゃ」「今日の夕飯は何を作ろうかな」「昨日は卵を一人で10個も食べた」「彼氏と別れた」というような個人的なおしゃべりを聞かされたのだそう。まるっきり友達との会話だ。


それは自習の時も同じだったそうで、「花粉症に聞くいい薬はないか」に始まり、自習中の生徒に話しかけ、話に相槌を求めてた。自習ができなくて困るから、無視して自習したというから、明子は先生に厭われただろう。テスト前の自習では「先生はテスト問題を作るのが大変」「先生も頑張っているんだからあなたたちも頑張れ」という話まで聞かされて、教員になりたいと言っていた明子の心は冷めたようだった。


こういったことが結構な頻度だったというが、他の先生や保護者が来るとピタッと話をやめて、授業の話っぽくふるまうそうで、他の先生方は知らないと思う、と明子は言う。にわかには信じがたく、同じクラスの保護者にも確認してもらったが矛盾点がなかった。ある親は「絶対に担任の先生の授業を抜き打ちで見に来て!」と頼まれ参観の日に見に行ったそうだが、その時は固くドアも窓も閉ざされており、見ることが叶わなかったという。


おしゃべりで授業を半分つぶした後も、教科書を読んでいただけ。明子はにぶいので、先生は解説してくれるから「授業」だと思い込んでいたが、クラスメイトは4月早々に、「良いとか悪いとかレベルが低いとかではなく、先生は授業を行っていない」「あれは授業じゃない!」と親に言って塾に行くことにしたという。鈍かった明子も、ある日、先生がしゃべっている解説がそのまま授業後に配布された解説を読み上げただけだったことに気が付く。それでも、不満を持たずにいた明子だが、入試が迫り、わからないところを尋ねるようになるといかに自分が甘かったかを気付いたようだった。


「なんでも質問しに来てね」「わからないところがあれば教えるよ」という言葉を信じて、明子が質問に行くと「解説読めばわかるよ」「あなたならわかるよ」と担任は教えない指導を貫いた。それでも懲りずに質問しに行くのは明子のメンタルの強さか、それとも鈍感さかはさておき、わからない箇所を具体的に質問に行っても「大丈夫、大丈夫!」で終わったという。最後は明子も「先生は自分には教えたくないんだよ」「自分は学校に来てほしくないんじゃないかな」と口にした。


最後まで、担任は担任自身の掲げる子どもの「自主性」という名の放任を貫いたわけだが、生徒が質問をしていることに答えないのは、生徒の自主性を伸ばす指導とは言い難い。気に入った子や異性には親密にしていたそうなので、明子は嫌われて、いじわるされたのだ、と思う方がよほどしっくり来てしまうのは私だけだろうか。

さっさと塾に頼り、学校に来ず、先生を相手にせず、にこやかに塾で受験勉強させた保護者は賢い。


授業だけであれば、担任の性格や力量だろう、で済んだかもしれない。

しかし明子に対しては日常的に、みんなの前で「あなたはこういうふうに思うわよね」「あなたはこう思っているんだよね」と悪意ある気持ちがあるというように担任は決めつけた。明子が「違います」と言っても「そんなはずないでしょ」と担任の思い込みを明子の気持ちとしてクラスメイトの前で公言されてきた。それも何度も。

それでも、明子はひたすら「違います」とやんわり否定を繰り返していたそうだが、とうとう担任に「そういうふうに言わないでください」と勇気をもって伝えた。しかしその後もずっと続いた。


担任はフレンドリーに見られたいのだろう。他の生徒や先生の手前で明子のことをわかっていて仲良くしているようにふるまいたいという気持ちが見て取れた。明子はとても嫌がっていて、なるべく穏やかに何度も嫌だと伝えたのだ。穏やかに接したのがあだになったのか、担任に何度も訴えても取り合ってもらえず、かと言って受験が頭をちらつき、担任を邪険にもできずストレスを抱え続けた。


気づかないうちにやってしまったということは、人間だからある。しかし、「相手に不快感を与える」行為を子どもが嫌と伝えているにもかかわらず続けたら、それはハラスメントだ。フレンドリーさは取り繕うものでも押し付けるものでもないのだ。

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