20 新規指令

「シュミット少佐じゃないとしたら……」

 フレンゼンは、その先を口にすることを躊躇ためらった。

「これを見てください」

 アンヌが指令書を出しながら、

「昨日、届いたものです」と付け加えた。

 そこには、皇国軍の資金を横領したカール・フレンゼンを射殺せよ、とある。ベッカー大尉からの指令だった。

「どういうことだ?」

 フレンゼンは、生涯でこれほど同じこの台詞を使ったことはなかっただろう。

「本当なんですか?大佐」

「まあ、本当だとしても、本当だとは言わないだろうけどな」

「マリー、よしてくれ。私には、まったく身に覚えのないことだ」

「分かりました。私は大佐を信じます」

「わたしだって疑ってるわけじゃないよ」

「銀の銃は、その大尉が持っていたんでしょ?」とニコルが指摘した。

「つまり、こういうことか」

 フレンゼンは話を整理しようとしたが、うまくまとまりはしなかった。

 少女たちの家族をはじめとした民間人を、戦争と無関係に虐殺したのがベッカーで、その際に持っていたのはシュミット少佐の恩賜の銃だった。フレンゼンをシュミット少佐の調査に向かわせたが、フレンゼンに横領の罪を着せて、軍令によって射殺させようとしている、と。

 ベッカーは、恐らくシュミット少佐が死んでいることは知らないだろう。だから、少佐にフレンゼンを殺させようとしている、ということになる。

「私を殺したいなら、横領犯であるフレンゼンを射殺せよ、だけでいいはずだろ?」

「恩賜の銃を見せたら少佐は間違いなく動揺する。そこに隙が生まれると考えた」

 ニコルの説には一理ある。

「相打ちを狙ったのか?」

「そこまでは考えない。どちらかが死んで、どちらかが怪我でもすれば」

 銃の腕を過信されたな、とフレンゼンは思った。

「私は道具か。……しかし、怪我をしただけで生き残ってしまったら、困るんじゃないか?」

 その時、窓が激しく割れる音がした。

「残りは、俺が始末するんだよ」

 窓から侵入してきたのは、ベッカーだった。手にはすでに銃が握られている。

 少女たちは四人とも銃を放り出したままだった。

 フレンゼンは、恩賜の銃をしっかりとベッカーに向けることができた。だが、それまで人を撃ったことのない彼には迷いが生じた。

 ベッカーは、もちろんなんの躊躇いもなく発砲した。

 少女たちも、フレンゼン自身も、彼が殺された、と確信した。

 だが、倒れたのは、ベッカーの方だった。

「間に合いました」

 硬い笑顔で窓の外に立っていたのは、フィルスマイヤー少佐だった。彼女の銃弾が、ベッカーを即死させたのだ。後で分かったことだが、ベッカーが撃った弾は、壁にめり込んでいたそうだ。

「フィルスマイヤー少佐!」

 彼女は、

「遅くなりまして、申し訳ありません、大佐」とその場で敬礼した。

「どういうことですか、少佐」

「はい、大佐」と姿勢を崩さずに説明を始めようとした。

「少佐、とりあえず中に入ってください」

 フレンゼンは、玄関に回るよう促した。

「失礼します」と、フィルスマイヤー少佐に続き三人の兵も入室してきた。

 彼女が静かに指示を与えると、兵たちはしばらく死体の周囲を確認した後、ベッカー大尉だったものを、その場から運び出した。

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