15 忙中有閑
少女たちは、半年ほどろくなものを食べていなかった。シュミット少佐が存命の間は、見よう見まねでなんとか料理をしていたそうだが、そんな気力を失ってしまっていた。周囲の目を気にして、店や身の回りの掃除や整頓は欠かさなかったが、それ以外は最低限のことしか行っていなかったのだ。
長い一人暮らしのせいか、フレンゼンは家事全般が得意だった。店舗の休日、少女たちに栄養価の高いものを食べてもらおうとグラーシュを作ってみた。
「おいしいね、大佐」
「マリー、大佐はやめろ!誰が聞いているか分からないだろ」
そこはまだ、表向きジャック・オブライエンの家。甥であるモーリスが、叔父の帰りを待っているという設定だ。モーリスと呼べ、と言っているが、マリーは時々それを失念する。
「はーい」
「マリー、行儀が悪いよ」
答え方か、食べ方か、その両方なのか、アンヌが注意する。
「で、モーリスさん、この料理は何?初めて食べるんだけど」
マリーはご機嫌だ。
「肉と野菜の煮込みだ」
この国でグラーシュと呼ぶのはやめた方がよさそうだ。
「ふーん」
「とってもおいしい」
ソフィーも笑顔で食べている。
「そうね」
アンヌが同意する。
何も言わないがニコルも満足そうな表情はしている。
マリーが器についたグラーシュの残りを、パンを擦りつけて食べ始めた。
「マリー!」
「ダメなの?」
アンヌに注意されて、フレンゼンの方を見た。
「いや、それは構わないんだよ。調理した身としては、むしろ嬉しいくらいだ」
「ほら」
勝ち誇ったように顎を上げるマリーに、アンヌは恥ずかしそうな顔をしたが、
「じゃあ、私も」とパンを手に取った。
ソフィーとニコルも、それにならった。
そうしていると、四人は普通の少女たちに見えた。その生活は、娘か妹との暮らしのように思えなくもなかった。
ジャックの家では、任務や武器の話はもちろん、政治的な話題も禁止していた。話せるのは店のこと、日頃の少女たちのこと、そしてモーリスとしてのフレンゼンのことだけだ。そうした制約が、かえって五人を寛がせた。
「モーリスさん、家族は?」
マリーに緊張感はない。
「両親はもう亡くなった。ほかに兄弟はいないし、パートナーもいない」
「それって、モーリスさんとして?」
どんな聞き方なら大丈夫か、恐る恐る尋ねる。
フレンゼンはそれを察して、
「どちらも同じだ」と答えた。
「私たちと一緒」
ソフィーが同情するように呟いた。
「いや、お前たちと比べれば、私なんか甘いもんだ」
ソフィーの言葉は嬉しくもあったが、そんなことを言ってもらっては申し訳ない。少女たちは戦争孤児だ。恐らく想像を絶する苦難があっただろう。だからこそ、シュミット少佐は彼女たちに手を差し伸べたのだろうから。
そのとき、ニコルが微笑んだように見えたのは、彼の勘違いだったかも知れない。
イジドール・リスレの件の直後に、ベッカー大尉に宛てて、状況に変化なしという内容の通信を送っている。それにはサラコタという特殊な鳥が用いられる。訓練しておけば決められた二ヶ所を往復するのだ。通信文は符牒を使って書く。敵に奪われることも念頭に、もちろんそのままの文面ではなく、解読される可能性もあるため暗号文でもなく、あらかじめ申し合わせておいた定型文を使うのだ。
状況に変化なし、と伝えることは、完全な時間稼ぎだ。決断を先送りにしたに過ぎない。皇国軍に逆らってまで少女たちを守るわけでもなく、軍務に従って突き出すわけでもない、どっちつかずの状況だ。
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