14 主戦論者

 フレンゼンは生活を変えることにした。宿を引き払い、シュミット少佐がジャック・オブライエンとして住んでいた家に移った。雑貨店にも経営者代行として出勤することにした。もちろん、周囲の人たちにはきちんと挨拶をして。

 タイミングがよいのか悪いのか、ほどなくして新たな命令が下った。拠点の一つに指令書が届いたのだ。四人は指令書を確認し、フレンゼンの目の前で焼いた。

 この時、まだ彼は軍令部に何も報告をしていなかった。


 ウスナルフ王国の大物政治家にイジドール・リスレという人物がいる。貴族ではあるが、政治家としての現在の地位は、その血筋ではなく実力によって勝ち取ったものだ。私利私欲はなく、相手が誰であろうと自らの信念を堂々と主張する人物で、王国民にも人気が高い。しかし、だからこそ問題なのだ。彼は強硬な主戦論者だった。アイロッソ皇国との和解などあり得ない、徹底抗戦あるのみ、とことあるごとに公言していた。彼の言葉には強い影響力がある。このまま放置してはおけなかった。

 リスレは自信家だったし、他人からもそう見えるように振る舞っていた。自身のイメージを損なうとして過剰な護衛を嫌っていたが、政界の大物には違いないので、つねに最小限の護衛の兵が配置されてはいた。また、議会や屋敷などの建物は造りも堅牢で保安態勢もしっかりしている。情報によると、彼の馬車は見かけ以上に強固で、密かに防弾仕様が施されているそうだ。

 狙い目は、屋敷から出かける際、馬車に乗るまでの間だろう。ところが、並のスナイパーでは不可能なのだ。前後左右にリスレへの射線を塞ぐガードの兵が少なくとも四人はいる。誰か一人を狙撃しても、次弾を撃つまでに、同じ射線は別の兵によって潰される。その兵を退けても、その頃にはリスレは馬車に乗り込んでいるか、屋敷に引き返してしまうだろう。

 しかし、魔術師にとっては造作もないことだ。瞬時に次弾を撃てば、リスレは仕留められるだろう。だが、万一があってはならない。初弾が急所を外れたら……。次の射撃に一瞬でも手間取ったら……。失敗すれば警戒は最高レベルになり、二度とその機会は訪れない。

 フレンゼンは臨場しなかったが、事前の説明でその様子ははっきりと想像できた。作戦はニコルが立てた。指揮はアンヌだ。

 リスレ邸の大きな玄関を出ると、右手に五階建ての古いビルがある。敷地面積は広く、数多くの企業が入っている。どれも中堅企業だが、年数を重ね、素性の間違いないものばかりだ。

 その屋上に、少女たちが構えた四挺のライフルが並ぶ。

「用意はいい?」

 アンヌの小声に、三人が小さく頷く。

 リスレが玄関から出てくる。やはり、四人の兵が前後左右を警護していた。

 アクシデントが起きた際、もはや屋敷に引き返そうとしない位置まで彼が進んだのを見て、アンヌが合図した。

「せーの、いち!」

「に!」

「さん!」

「し!」

 半瞬ずつの間を置き、連続して四発の銃弾が放たれた。

 アンヌの銃弾は、馬車の扉の開閉金具を破壊した。護衛兵はリスレとの距離を詰めようとする。

 ソフィーはリスレの後方の兵を狙撃した。リスレは振り向こうとした。三名の兵は後方へと重心を移動させる。

 ニコルが彼女たちの正面、リスレの右側の兵を撃った。残る兵は動けなくなった。リスレは少しだけだが、少女たちの方へ顔を向けた。

 遮るもののないリスレの眉間に、マリーの銃弾が命中した。

 恐らく魔術師には、二発の銃弾で十分だっただろう。しかし、四人が一発ずつ撃つことが、少女たちにとっては重要なのかも知れない。

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