16 時々狙撃
フレンゼンが疑問を抱いた出発点は経費精算の滞りだった。
「けいひのせいさん?」
一番しっかりしているアンヌも、そういうことが必要であることすら知らなかった。無理もない。シュミット少佐も、そこまでは教育していなかったのだろう。
彼は、今後どうなるのかは別にして、少女たちが知っていて損のないことは教えることにした。
まずはシュミット少佐が軍でしていたこと。経費の精算だけでなく、勤務記録や報告書の作成、要望を伝えるための通信手段などだ。また、任務に付随して、雑貨商になりすますための知識も必要だった。仕入れなどは軍が半自動的に行ってはいるが、それでも知らないままというわけにはいかない。貸借対照表や損益計算書をすぐに読めるようになるのは無理だが、売掛金や買掛金など、仕組みぐらいは教えた。
次に生きるために必要なこと。料理や洗濯、掃除などの家事にはじまり、アイロッソ皇国やウスナルフ王国の歴史や文化などの常識、経済や政治の基礎知識だ。
そんなことをしていたら、ますます少女たちに情が移るのは分かっていたが、できる限りのことをしてやりたくなったのだ。
彼が迷っている間にも、シュミット少佐への指令は次々に発せられた。
ダミアン・レストナック亡き後、台頭してきた悪質な武器商人。皇国を裏切っただけでなく、当時の人脈を使って軍の情報を手に入れ悪用しようとしていた亡命貴族。自身の出世や蓄財のために国王に無用なことを囁く君側の奸。どれだけ排除しても、不都合の芽はなくならない。王国も、好戦的な人間ばかりではない。現状維持を含め反戦を主張する政治集団も少なくなかった。どちらの陣営も敵から狙われているに違いない。皇国についても同じようなものだ。シュミット少佐への指令とまったく反対の任務も、両国で密かに実行されているのだろう。そのような陰湿な応酬は、両国の全面戦争でしか終息しないのかも知れない。
無責任な気もしたが、任務や経費精算の一時的な遅れの原因は適当に考案するとして、シュミット少佐は無事、今後の任務に支障なし、と報告して自分は帰国する、ということも一案だとフレンゼンは思った。少女たちには、これまで通り指令を遂行してもらう。本人の姿が見えないのは、何とでも言い訳できる。
ただ、いずれは事実が明るみにでるだろう。そうなってから彼女たちを逃がそうとしても、近くにいない、軍人でもないフレンゼンが、そのような情報を然るべき時機に入手できるとは考えられない。
彼は経理課主任だ。調査能力もたかが知れている。シュミット少佐は不明、なぜ任務が遂行されているのかも不明、と報告して帰国しても問題にはならないだろう。しかし、少女たちはどうなる。皇国軍が放っておくとは考えにくい。次は調査の専門家が来るに違いない。遅かれ早かれ事情は知られることになる。
少女たちを逃亡させてから、シュミット少佐は行方不明と報告することが、最善策なのかも知れない。皇国軍に人材がいないわけではないだろう。きっと少佐と同様の任務に就く者が置かれるに違いない。
何の行動も起こさないフレンゼンに苛立ったのか、大使館経由でベッカー大尉からの通信が届いた。
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