10 少女四人

 ジャックの店を、フレンゼンは遠くから何日か監視した。

 店に出ているのは、アンヌ、マリー、ソフィー、ニコル、の四人。二人が店番で、店番以外が、不定期に買い出しなどに出かけた。年頃だけでなく、背格好や髪の色、服装も似通っているので一瞬見間違えることもあるが、四人であることは確かだ。

 店を監視していても変化がないので、買い出しに行くソフィーのあとをつけることにした。

 まかれた。

 フレンゼンは本物の軍人ではない。しかし、士官学校で尾行の基礎くらいは教えられている。普通の少女をそう簡単に見失うとは思えなかった。

 翌日、アンヌを尾行した。結果は同じだった。

 四人は、普通の少女たちではない、ということだ。ほかの二人を含め、恐らく何度やっても、行き先を突き止めることはできないだろう。フレンゼンよりもしっかりとした訓練を受けているに違いない。それだけ分かれば十分だ。


「やあ、こんにちは、アンヌ」

 さらに翌日、フレンゼンはジャックの店を訪ねた。

「ああ、モーリスさん、いらっしゃい」

「実は、昨日、アンヌが外出したときにあとをつけたんだ」

「えっ?」

 声を上げたのはマリーだった。

「でも、見失ってしまったよ」

「どうして、そんなことを?」

 アンヌの笑顔は揺るがない。その方が不自然であることには気付いていないようだ。

「一昨日はソフィーを尾行したんだけど、彼女にもまかれた」

「……」

 彼を見ていたマリーが視線を逸らした。視線の先を追うと、猫が一匹通りかかったところだった。そのせいにしたのだろう。

「私がモーリスでないことは知っているんだろ?」

「……何を言っているのか、意味が分かりません」

 やっとそれだけを言ったアンヌに、たたみかけた。

「ヴェルナー・シュミットは、私の部下だ」

「……」

「もう無理だよ、アンヌ」

 マリーの目はしっかりとフレンゼンを見つめていた。

「そうね。……これ以上はお店でする話ではなさそうね。マリー、店番をお願いできる?」

「それより、もう閉店にしたら?」

「今日は少し早く閉めることになりそうだけど、それにしてもまだ早過ぎる。ソフィーに降りてくるように言うから、ね、お願い」

「分かったよ。何かあったら呼んでよ」

「ええ」

 マリーとソフィーには、あまり聞かせたくない話なのかも知れない。

 アンヌは先に立って、二階への階段を上がっていった。


 四人が暮らしているという部屋は、少し小さかったが、日当たりがよく、清潔な印象を受けた。ただ、よく言えば整理整頓されているとも見えるが、物がなさ過ぎた。寂しささえ感じるその部屋で、フレンゼンは目で示された椅子に腰掛けた。

 アンヌはベッドに座った。

「ソフィー、悪いけど店番を少し代わってほしいの」

「……うん、分かった」

 ソフィーは、アンヌとフレンゼンを交互に何往復か見たあと、部屋から出て行った。ニコルはベッドの上で膝を抱え、黙って窓の外を見ている。

「それで、ジャックじゃなかった、シュミット少佐は、どこに行ったんだ?」

「なくなりました」

「死んだ、ということか?」

「はい」

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