第30話 悪魔の選択

 「私は今、あなたが撮影しているインタビュー動画に感応波を送った。レベル4を起こせるくらいのをね。この動画を配信すれば隙がある人間ならすぐにでも凶暴化する。あなたには次も、その次も私と一緒に動画を作ってもらう。私はその都度感応波を込めていく。あなたの動画が広まれば広まるほど人は凶暴化して手が付けられない獣になる。しかも原因はわからない。そりゃあそうよ。動画を見たら凶暴化して死ぬなんて誰も考えない。そしてそのうちみんな思うわ……殺られる前に殺ろうって……凶暴化する前に殺そうって。そのうち勝手に自分たちで殺しあう」

「どうしてどうしてそんな恐ろしい事をするの?許せないの?あなたを作り出した人間が?人間に復讐したいの?そりゃあ……あなたが人間や世の中に怒りを抱いたり憎悪するのはわかる……あなたの悲しみも……でもそれで大勢の人を殺したら、あなたをモルモットにして殺戮兵器を作ろうとした奴等と同じことをするのよ?」

「怒り……憎悪?……悲しみ?なにそれ?」

未来はきょとんとしたように首をかしげた。

「何か誤解しているみたいだけど、今の私にはそんなものはないわ。それ全然関係ない」

「じゃあどうして?」

どうして人間を殺しあわせようとするの?

「あなたが考えてるような人間に対する復讐なんて興味ないの。そんなことはどうでもいい。ただやってみたいだけ。運動が得意な人がスポーツをやるように、私は自分の能力を使いたいだけ。だって私に人を殺す力を与えたのはあなたたち人間じゃない。私が望んで与えてもらったものではないわ」

未来は一旦話を区切って微笑んだ。

外からは遠雷が聞こえる。

「それに、あなたを見たときから考えてた。面白いゲームができないかなって」

「ダメ、そんな動画を見た人間が凶暴になるなんて、世界中の至る所であの暴動が起きる!そうなったらみんな死んでしまう!」

「大丈夫。あなたとあなたの子供、そして旦那さん、この三人は必ず凶暴化した人間に襲われないようにしてあげる。暴徒だけじゃなく、あなたたちに手を出す人間から私が守ってあげる」

「なぜ、なぜ私たちを?」

「私に協力してくれたから。それに私たちは血の関係では親戚じゃない」

「ダメ、絶対ダメ、そんなこと私は協力しない、協力したらとんでもなく人を殺してしまう、絶対にできない!」

もし未来が私の中に入ってきて、私を操ろうとしても絶対に折れない強い意志を持たなければ。

こいつは拒絶しなければいけない、絶対に。

「私は約束を果たしたでしょう?あなたの言ったことをちゃんと公にした。動画に公開したし、記事にも書くわ。記事はきっと公開する。それなのにまだやらせるの?」

「今日新たに契約したわ。新しく約束した。私と動画配信することを」

「こんな恐ろしい話聞いていたら約束なんてしてない!」

「私はどのみちさっき言ったことを実行するわ。これから際限なく人を殺していく。そんな世の中で自分たちだけでも恐怖から一線を引いた世界で暮らしたいか。いつ狂暴化して自らの手で家族を殺す恐怖に怯えながら生きていくか。選ばせてあげる。一晩考えてみればいいんじゃない?明日まで待ってあげるから」

未来は小さく肩を揺らしてせせら笑った。

「変わらないわよ、私は絶対に操られない」

私はテーブルに出していた物をバッグにしまうと逃げるように部屋を飛び出した。

未来はただ静かに座ったままだった。

急いでエレベーターに乗り込み、地下の駐車場に着くと私は何かに追われるように走って車に乗り込んだ。

外はいつの間にか土砂降りの雷雨になっていた。

ワイパーの速度を最高にしないと、滝のような雨がフロントガラスを流れ落ちてきて、視界が遮られる。

稲光の後に地に響くような落雷の音。

未来が精神の一部を飛ばして私を追ってきているのではないだろうか?もしかしたらもう車の中にいるのかもしれない……恐怖に駆られた私はアクセルを踏み家へ急いだ。

関わらなければ良かった。

途中で引き返すことはできた。

その機会もあった。

未来は自分が導いたと言ったが、私に強い欲があったのだ。

「真実を自分が暴きたい」という欲。

全てを自分だけが知り、情報を選択して与えることができる全能感を得たい欲。

この甘美な誘惑に勝てずに進み、知らなくてもいいことまで知りすぎてしまった。

私はどうなるのだろう?

未来……いや、四番の少女……どちらでもいいが、彼女との約束を反故にして無事にすむのだろうか?

私は殺されるのか?保奈美たちのように血を撒き散らして死ぬのか?それとも暴徒になり他人を襲うのか?

もし家族でいるときに暴徒になってしまったら……私が美琴を殺してしまうことだって有り得る。

「嫌!ダメ!それだけは絶対にダメ!」

ブレーキを踏みながら叫んだ。

「いつ狂暴化して自らの手で家族を殺す恐怖に怯えながら生きていくか」

さっきの未来の言葉が思い出された。

レベル4の本当の恐怖はこれだ。

いつ自分が狂暴化するかわからない。愛する人が狂暴化して自分を襲ってくるかもしれない。その予測できない凶事に怯えながら生きなくてはいけない。死ぬ最後の瞬間まで。

信号を待つ間、ボンネットを叩く雨音に不吉なストレスを感じる。

大丈夫だ……レベル4は自我を強く持てば凶暴化は免れると言っていた。

意識に隙がある者から次々に伝播して拡散すると珠代が話した通り、現に鹿島町の住人も全てが暴徒になったわけではない。

ほんの一部だ……そう、ほんの一部……

だから私も大丈夫……きっと大丈夫だ。

声に出しながら自分に言い聞かせるようにしながら、信号が変わるとアクセルを踏んだ。

冷たく白い手に自分の心臓を鷲掴みにされているような感覚。

胸が圧迫されるようで息が苦しい……勢い大きく何度も息を吸い込む。

心臓の鼓動が耳の奥でドクンドクンと激しく鳴っている。

恐怖のあまりミラーを何度も見たが私を追ってくる不吉な影は見えなかった。


家に着く頃には雨はすっかり上がって、血のように真っ赤な夕焼け空が広がっているが、空の半分は陽が落ちて暗くなっている。

不気味で美しくもある空。

家に帰るとリビングから明かりが漏れてきて、慶一と美琴の笑い声が聞こえる

「ただいま」

「やあ。おかえり」

「お母さん、おかえりなさい」

二人のいつもと変わらぬ笑顔を見て安堵した。

「どうしたの?顔色が悪いよ」

「うん、何でもない大丈夫。それより、今からご飯作るから」

「あっ、それなら俺がやっておくよ。君は早く新しく撮影した動画を編集しないと」

「編集……ああ、それなら」

あんな恐ろしいことに加担するわけにはいかない。だがそれをどう説明しようか考えた。美琴のいる前で話せるような内容ではないからこの場は濁して後で説明しようと考えを巡らせているときに私をじっと見る美琴の視線に気がついた。

「どうしたの?美琴」

美琴は目を大きく見開いて口許を吊り上げながら私を指さした。

「私との約束からは逃れられない」

慶一も無言で冷たい表情を向けながら美琴と同じように私を指さした。

ああ……。そう……。そうか。

もう二人の中にいるのね。

そして殺そうと思えばいつでも殺せる。

でも私が約束を守り続ければこの団欒は守られるのだ。

もう逃れられないのだ。私の意思は決まった。

「そうね。じゃあ動画を編集したり記事をまとめてくる。ご飯の方は置いておいてくれれば後で勝手に食べるから」

何もかも諦めた私はリビングから出ると自分の部屋へ階段を上がっていった。

リビングからは美琴と慶一の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四番 sin @kouden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ