或るお墓の前での会話

きつね月

或るお墓の前での会話


「冷えませんか、そこは」

「……」

「こんにちは」

「……アンタ、私が見えるのか」

「ええ、見えますよ」

「そうか」

「そうです」

「別に冷えやしないよ。だいたい冷えるための身体がもうないんだからさ、寒いもクソもないだろ」

「そうですか」

「そうだよ」



★★★



「で、」

「はい」

「何の用だ?」

「はい?」

「はい?じゃないだろ。何か用事があるから話しかけてきたんだろうが」

「いやあ、まあ、用事ならもう済んじゃったというか、やっぱり今回も違ったかあ――というか」

「なに言ってんだ?」

「いえいえ、こちらの話ですよ。それより少しお話ししませんか?見たところ貴女も退屈しているようですし」

「なんで私がアンタと話なんかしなきゃならねえんだ」

「つれないですね」

「……話なんて言って、アンタ、私のことを祓いに来たんじゃないのか?」

「はい?」

「よく知らねえけどさ、除霊師だとか祓い屋だとか、そういうやつがいつか来るかもしれねえなとは思ってたんだ。なにしろもう十年もこんな場所に留まってるんだからさ」

「十年」

「長いだろ?」

「長いですね」

「そうだよ。だからもういい加減成仏しろって言われてもさ、文句は言えねえんだよな」

「言いませんよ、そんなこと。それに霊を祓う方法なんて知りませんし」

「ほんとかよ」

「本当ですよ」

「そう言って油断させて、隙を見せたところを祓うつもりじゃないのか?」

「除霊ってそういう風にやるんですか?」

「いや、知らねえけど……」

「ふふ」

「笑ってんなよ」

「いえいえ、すいません。しかしそんなにお祓いされたいなら、私からそういう職業の人に頼んであげましょうか?除霊師とか祓い屋とか、私も別に詳しくないですけど」

「……遠慮しとくよ」

「そうですか」

「しかしアンタはじゃあ……本当にただ話しかけてきただけなのかよ?」

「そうですよ?私、幽霊の方とお話しするのが趣味なんです」

「……厄介な趣味だな」

「ふふ、照れますね」

「誉めてねえんだが」



★★★



「話、ってもなあ。別に大したことはないんだよ」

「はい」

「さっきも言ったけどさ、私は十年も前に死んでるんだよ。そんでずっとこの墓の上にいるんだ。ここの寺のやつはなにしてるんだろうな?私のことに気づいてねえのかな」

「あるいは貴女があんまり無害そうだからって、放置されてるのかもしれませんね」

「放置って……」

「悪霊って言われるよりはいいんじゃないですか?」

「……まあいいや。それで、十年だよ」

「はい」

「長い時間だよ。私はともかく、まだ生きてる人間にとっては欠けがえのない貴重な時間だ」

「そうですね」

「……バカなやつがいるんだよ」

「……」

「そいつはさ、この十年の間、毎月欠かさずここに来るんだ。私の好きだった花なんか持って、私の好きだったお茶の缶なんか抱えて。バカなやつだよ。もういいって言ってんのに、こっちの声なんか全然届きやしない」

「……その方は、貴女とはどういった関係なのですか?」

「同じ学校の一学年下の後輩だったんだ。同じ部活で、やたらと私に懐いてきて、ちょっと鬱陶しいぐらいだったな。でもなんか憎めなくてさ……」

「……」

「まあだから一応、私が生きてた頃は恋人同士だったよ」

「そうでしたか」

「だからって、十年だよ。もう来なくていいって言ってんのに、毎月毎月飽きもせずにさ。あいつは話すとバカだけど見てくれはいいから、探そうと思えばいくらでも相手なんか見つかるだろうに、そんな様子もなくて」

「……」

「本当にバカなやつなんだよ。いい加減もう私のことなんか忘れていいのに、お陰で私もここを離れられないんだ」

「……ふふ」

「なに笑ってんだよ」

「いえ、すいません。まさか幽霊の方から惚気のろけ話を聞くとは思わなかったもので」

「惚気って、お前な。私は本気で困ってるんだぞ。もしあいつがこのまま本当に一人で生涯を終えるようなことがあったらどうするんだよ。私はそれが心配で……」

「貴女がいるじゃないですか」

「……」

「私にはお二人の詳しい事情まではわかりませんが、個人的によく考えることがあるんですよ」

「……」

「たとえ死んでいたって、そこまで想える相手がいるならそれで幸せだな――って」

「……無責任なことを」

「ええ、まあ、責任はとれませんね」

「……」

「……」



★★★



「少し暖かくなってきましたね」

「ああ、夕方になると西日が差してくるんだ。この場所」

「そうでしたか」

「……なあ」

「はい」

「私って、本当にここに居ていいのかな?」

「はい?」

「時々、考えるんだ。私がいつまでもここに留まってるから、あいつも私のことを忘れられないんじゃないのかなって」

「……」

「私がとっとと成仏して、気配もなにもなくなってしまえばさ、あいつも案外簡単に私のことを忘れて、他の相手を選んで、もっと幸せな人生を送れてるんじゃないかって」

「……」

「なあ、私ってさ。もしかしたらもうとっくに悪霊になってるんじゃないのか?」

「……そんなことないです」

「そうか?」

「私、人生で一度だけ本物の悪霊を見たことがあるんです。子供の頃なんですけど。あれはもう、話が通じるような存在ではありませんでした。見た目もでしたし」

「ぐちゃぐちゃ?」

「ええ、詳しく話しましょうか?」

「……いや、遠慮しとく」

「そうですか」

「……」

「まあだから、貴女は悪霊なんかじゃないですよ。死んでるだけの――ただの人です」

「……なんだそりゃ」

「だって本当にそう思うんですもん」

「そうかよ」

「そうです、それに、これもただの無責任な私の主観なんですけど。今生きてる人って案外、もう死んじゃってる人に支えられて生きてるんですよ?」

「……」

「だからまあ、貴女がそんなに悲しそうな顔をしないでもいいと思います」

「……そうかよ」

「ええ」

「……」

「……」

「……ありがと」

「いえ」



★★★



「じゃあ私、そろそろ行きますね。お話しできてよかったです」

「ああ……なあ、最後に質問していいか?」

「ええ、なんですか?」

「アンタさ、昔、悪霊を見たって言ったよな」

「はい」

「それなのにさ、どうして私みたいな幽霊に話しかけたりしてるんだ?普通は怖がったり、もう関わらないようにしようって思うもんじゃないか?」

「……ああ、えっと、そうですね。そうですよね」

「……」

「あの、私、妹がいたんです」

「……いた」

「ええ、でもいなくなっちゃったんです。だから、こうして捜してるんです」

「……」

「遠目で貴女を見つけたときは、輪郭が似てるからもしかしたら――と思ったのですが、やっぱり違いましたね」

「……それは悪かったな」

「ふふ、いいんです。でもだから私、幽霊なんか全然怖くないんですよ」

「そう、か」

「妹は昔からかくれんぼが好きな子だったんですよ。小さい身体でうまく隠れて、でも私が見つけないでいるとだんだん寂しくなってくるんでしょうね。泣きながら出てきたりして」

「……」

「……きっとまだどこかに隠れてるんだと思うんです。私に瓜二つの子なので、もしこの辺りで見かけたら教えてくださいね?」

「……必ずそうするよ」

「約束ですよ」

「ああ……あのさ」

「なんですか?」

「いや、なんか、うまく言えねえけどその……頑張れよ」

「……ふふ、貴女もね」









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