第5話

勝と文の借りたマンションは5万5千円だ。会社からの手当もあってそれより安く済んでいるし、田舎にしてはよいマンションではある。でも、文は子ども増えるし、マイホームが欲しいと思った。結納金は使ってしまったが、結婚式のご祝儀はたんまり残っていて、娘が生まれたときのお祝いもどっさりもらった。車もベビーカーも服もおもちゃももらい、買わずに済んだものも多くてお金はたっぷりある。

 

勝を誘い出して、その気にさせるのは簡単だった。住宅の営業マンから、「しっかりした収入がある」と言われれば勝は相好を崩したし、父親に似て男の甲斐性に弱いのだ。勝が若いうえに収入もあるので、長期の住宅ローンも可能で試算してもらえば月当たりの負担は6万で済むらしい。


「家賃で5万5千円を捨てているのはもったいないですよ。マイホームは資産になりますからね。同じくらいのご負担でもっと広くて快適な家に住めますし、ローンを払い終われば家賃も発生しません。」

いろいろ見てみて、せっかくならと大手ハウスメーカーで決めた。オール電化にして、太陽光発電システムも取り入れた。


文が第2子を妊娠して安定期を超えたころ、勝の兄は一度は子どもをあきらめたあの彼女と結婚した。文たちは結婚式に呼ばれなかったけれど、兄たちは自腹で都会で結婚式を挙げる聞き、新婚旅行がてら行きたいと勝に駄々をこねた。出産まで2か月を切る頃でぎりぎりだったけれど、娘は勝の祖父母に押し付けて、押しかけていった。少人数のこじんまりした披露宴で、なかなか親族席に来ない義姉になる花嫁の席によって言って、「次は男の子なんです」と文はおなかを突き出して見せた。義姉はあいまいにふんわり微笑むだけだった。


田舎では『長男の嫁』の方が格上だ。でも文は長男の嫁に勝の実家を仕切らせるのは嫌だった。自分が一番大切にされたいと思った。一番に産んだのは自分なのだ。ちゃんとした勝の長男も生まれる予定である。

「来年、新居を構えるので、よかったら遊びに来てくださいね。」と伝え、その後は黙々と食事をつまんで、つまらない結婚式場を後にした。メインは、結婚式ではなく観光だ。

 

勝の兄たちが子どもを連れて初めて実家に帰ってくると聞いた時も、文は張り切った。張り切りすぎて、勝の母が勝の父に告げる前に、義兄たちが帰省することやそのときに歓迎会について義父に得意になって話してしまい、義父の気分を害してしまった。けれど、文はそれを義姉にとりつくらわせようと思いついた。

「お義父さんにお義兄さんからお電話でとりなしてくれませんか?」

文は自分の失言やその後の失敗をなかったことにして、義兄が帰省することに、義父が機嫌悪くしていると告げた。義父に嫌われていると義姉は慌てたようで、義兄が結局義父をとりなしてくれ、文はにんまりした。

 

文は勝の実家に入り浸っていたし、好きに過ごせるようになっていた。帰省した義姉に見せつけると勝の兄夫婦は実家にあまり帰省しなくなった。冠婚葬祭の際も文が仕切れるまでになった。勝の兄も勝同様、そういうものだと言えばその通りにする。祖父母が亡くなった場合の香典の額も、盆提灯も、「うちもいくら包むんで合わせましょう」というだけでいい。そのお金は、結局文が管理するのだが。

 

新居ができたときも、新築祝いを豪勢に行い、子どもが生まれたときだけでなく、子どもの節句や誕生日も積極的に祝ってもらった。兄夫婦は帰省しないのでしてもらっていないことを知っている。入園、入学、何かあるたびに両家でお祝いする。完全にどちらにとっても内孫扱いである。

 

その後、双子の女の子も産まれた。地域でも有名な子だくさんで裕福な家庭と自負している。子だくさん故、表向きは家計が苦しいとでも言っておけば、助けてくれる人も多い。間違っても、人生の「勝ち組」として傲慢にふるまったりしない。演じるべきは謙虚で人のいいしっかり者の奥さん、それだけでいい。


文は今、快適で幸せだ。見た目もよく稼ぐ夫、かわいい子どもたち、その子どもたちをかわいがり、お金を出してくれる実家の存在、快適な家。そして、車も新調し、犬も飼い始めた。まさに絵にかいたような素敵な家族と映るのがわかる。

身内からも一番に尊重されるポジションを確立し、地元の友人たちの羨望の的であり続けている。大学なんか行かなくても、就職なんかしなくても、幸せになれることを文は身をもって知っている。


働く必要もない。この幸せがわかるだろうか。

来年、娘は高校を卒業する。息子は夫と同じ商業高校に行った。あわよくば同じ会社に就職をと考えている。娘の出生は今となってはどうにでもなる。

私は人生の勝ち組だ。それは私自身の戦略勝ちだとも思っている。たとえ、それが表に出せないいくつもの策略であっても。

あの時、勝を選んでよかった。それが一番大事な選択だったのだ。

文は自分の選択が当然の帰結であると満足して、ゆっくりとほほ笑んだ。


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人生の「勝ち組」 @branch-point

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