星座を作る人

季都英司

星座がこの世界にできるまでのお話

「ねえ、お父さんあれはなんていう星座?」 

 隣に座る息子が夜空を見上げて指をさす。

「あれか?ああ、あれはだな、おおとり座だよ」

 その指の差す先をなんとか判別して俺は答える。

「ふうん、鳥……なんだ。じゃああれは?」

 今度は別の空を指さす。東の方、地平線の少し上辺りだろうか。

「あれは、竜座だな」

「竜!ぜんぜん竜に見えないね。おっかしいの」

「そうだなあ、見えないよなあ。変だな」

 その答えに、無邪気にけらけらと笑う息子に同意を返して、俺も少しだけ苦笑いした。

 そうだよな。ちっとも名前の形に見えないよなあ星座って。

「ねえ、お父さん」

「なんだ?」

「なんで、星座ってあんなに似てないのに、名前がついてるの?だれがつけたんだろうね」

「それは、なかなか核心をついてくるなあ」

「昔の人は、あれが本当に竜とか鳥にみえたのかなあ」

 その言葉を聞いて俺は遠い昔のことを思い出していた、俺がまだあの仕事をしていたときのことを……。


 俺はその昔、神様の元で仕事をする末端の眷属だった。

「え?星配置の担当ですか?」

「そうだ、君は新設された星座部署に配属される。そこで夜空の星の配置を決定する、重要な任務を担当してもらう」

「そう言われても何のことやら、わからないのですが」

「なに簡単な仕事だ。別の部署から設計仕様がくるから、それを図面に起こして星を配置すればいい」

「いや、そういう問題でなくて、俺は根本的に絵とかそういう方面の才能は……」

「口答えはいい!もう決定したことだ。あとは現場の指示に従え」

 俺はかなり憂鬱な気持ちで、配属先に向かった。机につくといきなり最初の指示書が置かれた。

「ほらこれ、最初のやつな。明日までにやっとけよ」

 先輩から渡された指示書をめくってみると、最初の一枚にはこう書いてあった。

「獅子ですか」

「そうだ。夜空に描くモチーフとしては、強く威厳のあるものでなくてはならんと言うことで選ばれた。しっかりやってくれ」

「いや、でも、俺絵とかは全然描けなくてむしろド下手くその部類なんですけど」

「いいからやれ。参考資料とか適当にあさればなんとかなるだろ。俺は忙しいから一人でなんとかしてな」

「え?一人でですか?」

「もちろん。ここは新設部署で余剰人員なんか無いからな。名誉な仕事だしっかりやれよ」

 そう言いながら先輩は去って行った。

 ここに来てようやく鈍い俺も察した。この仕事は面倒ごとのたらい回しで俺に来ただけだと。結局のところ誰もやりたくなくて、新人まがいの俺に投げられたわけだ。

「しかたない、やりますか」

 そうは言ったものの、絵心のない人間にいくら資料を参照したところでまともなものが描けるわけがない。初稿が完成してみたが正直ひどいものだった。

「これは……犬?」「足多いしタコの仲間か」「いや、実はトカゲかも」

 とすでに種族すら認識されない状態だった。

 その後も指示書の無数にあるモチーフを、とりあえず頑張ってかき上げてみるが、どれも何か新種の怪物か壁画のようなものにしかならない。

 部署の仲間からは「おまえ、ある意味才能あるわ」とげらげら笑われる始末。それでもだれも手伝おうとはしてくれなかった。

 そんなことがしばらく続いたが、もちろん才能のない人間が、今更努力したところでスキルが上がるわけもなく、似たようなモンスターが量産された。もちろん、会議での了承は降りない。

 10回目のリテイクが入ったとき、俺の中で何かがプツッと切れた。

――どうせできないんなら楽してやる

 変なスイッチが入った。

 モチーフの上に最低限の星だけおいて強引に線で結んだ。子供が適当な線で描く絵のような要領だ。

 特徴のある場所に点だけ置いてあれば、ぎりぎり元の姿が透けて見える。


 そして次の会議の時、俺は全力で強気に出た。

 さすがに困惑が見えた。

「いや、その、君これはなんだね。いくらなんでもこれじゃ、元がわからんだろ」

「その発想が間違っているのですよ。誰にでもわかるほど精密に描いては、いくら星があっても足りません。時代はコスト削減です!最低限の星で元を想像させる、それが新しい発想なのです!」

 力説した。これ以上無いくらい力を込めたプレゼンだ。

「それはわからんでもないが……、とは言ってもここまでわからないとそれもなあ」

 部長も俺の論に多少押されているが、納得まではいっていない様子だ。たたみかける。

「それが違うのです!少ない星で置くからこそ、見る民はそこに自由に絵を想像します!多くの星を使うよりも、効率的に人間の頭に精巧な絵を浮かべさせるのです!それでこそ神の威厳もでるというものなのです!」

「そんなもんかな……」

「そんなものなのです!」

 最後の力押しをした。

「これで、最終稿にしてかまいませんね!」

「……わかった神の威厳は大事だな。これで行こうじゃないか」

 会議はまとまった。というかおそらく俺の謎理論にごまかされたのと、面倒になったというのが大きいだろう。俺の知ったことではない。早くこの苦痛から解放されればそれでよかった。


 会議のあと、俺の適当星座図面は担当部署に回され、星座が夜空に配置されたと聞く。詳しい話は知らないが、首をかしげる人多数と、コスト削減を喜ぶ人が上の方にいたとかいないとか。

 どうでもよかった。

 俺はそれきり完成した星座を見ることもしていない。


「お父さん?どうしたの?」

 息子の声に、遙か昔の出来事の思い出から今に返ってきた。

「いや、なんでもない」

 あのときは星座なんて見るもんかと思っていたが、結婚して子供ができて、はじめて星座を見るようになった。あらためてひどいと思ったが、いやな気分を通り越してむしろ笑える自分がいた。

 だから息子の質問にも気軽に返せる。

「さっきの質問だけどな。たぶん、少ない星で、見る人に想像を膨らませてほしかったんじゃないかな」それは、仕事上の適当ないいわけ。

「そっかあ、そうなのかもね。じゃあ、いろんな星をつないで自分の星座を考えてもいいかな?」

「いいんじゃないかな、素敵なことだと思うぞ」

 なんて会話もできる。

 夜空を見上げる。

 たくさんの星が瞬いている。とても綺麗な空だ。星座なんて無くてもこれで十分なくらいに、人は星座に物語を見る。いろんな思いをはせるのだろう。それを想うと面白くなってくる。

 息子の質問の本当の答え。

 なぜ星座はあんなに似ていないのか?

 それは星座を作った俺が絵が下手だったからである。

 だれも知らない隠された事実。

 それを知らずに今日も夜空に物語が語られる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星座を作る人 季都英司 @kitoeiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ