45 夜会(5)

 シャワーのように降り注ぐガラス片。その飛沫を掻き分け、弧を描くように旋回するグリフォン。混乱状態の会場は、さらなるカオスへと進化していた。

 だがこのグリフォンも、なにもノープランで破壊をしにきたわけではない。彼は急速に高度を落とすと、出口付近の人混みの中に爪を突き立てる。


「あがッ――!!」


 グリフォンは、的確に一人の男を掴んだ。

 間違いない。カストール公爵の背中を刺した、あの男だ。


 その肉体を鋭い鉤爪が握り、宙ぶらりん状態で連れ去る。その男のことなど微塵も考えていないようで、あろうことか爪が皮膚に食い込んでしまっている。

 苦悶の表情を浮かべる男だったが、やがて冷静を取り戻し、グリフォンに対して抵抗をする。


「グ、ギャアァァッ!!!」


 突然、グリフォンの轟く叫び声。

 なにかが起こったかと思えば、その体に軽い傷が。致命傷ではなかったが、怯ませるには十分だった。鮮血と羽根が舞い、その結果、男はグリフォンの爪の中から脱出した。

 だがそれなりの高度のせいか、男は十数メートルほどの高さから地面に激突。硬いタイルに肩を打ち付け、その痛みに悶えていた。


「よくも、やってくれたな……!!」

「……俺が指示したわけではないが」


 男の表情は怒りに満ちていた。そして、その肩には小さく深い穴が開いており、血がどろどろと流れている。

 これは……別にノエルが実行したわけでも、指示したわけでもない。だが対面できるなら好都合だ。


 なにせこの男は――魔族なのだから。

 グリフォンから脱出する時に使った方法。それは明らかに魔法だった。彼が魔族である証左である。


「降伏するのなら、命は勘弁してやろう」

「くっ……!」


 茶色い髪のその男。その頭からは既に角が飛び出ていた。

 余裕のない表情で倒れ込む彼にノエルは手をかざし、いつでも魔法を発せられることを示した。苦々しく唸った男は、額に汗を浮かべ、ノエルを複雑な表情で見つめた。


 そしてその瞬間、男は両手を地面にびたりと叩きつける。


「なんだっ!?」


 ぐらりと揺れる地面。そして轟音の後、床のタイルがバキバキと割れ、爆ぜた。

 どんと地面が隆起し、ノエルと男を隔てるように、文字通り壁ができた。岩石でできたその壁は高さ数メートルほどあって、いわばちょっとした山だ。そんなものが突然このホールに現れた。


 完璧に追い詰めていたかと思われたその状況が、一瞬にして無に帰す。

 この壁は攻撃のためのものではなく、防御のため。男はあくまでもノエルとは対峙せず、引き続き逃走することを選んだようだった。


「おいノエル、待て!」


 背後からシルヴァンの声が聞こえたが、ノエルの耳には届かなかった。

 ノエルはすかさず隆起してできた”山”に片手をかけ、その勢いのままに飛び上がる。壁の天面に到達したノエルは、その不安定なヒールのままに駆け出し、男の背中を追いかけた。

 すかさず発した炎の魔法。くねくねと曲がる独特の軌道を描きながら、炎弾は男を追尾する。


 だが一筋縄ではいかない。ノエルの追跡を逃れるかのように、男は次へ、また次へと壁を作っていく。地面が裂け、盛り上がる岩盤。

 ホール内はぐちゃぐちゃとなり、ただただ前に進むだけでも苦労するような、そんな複雑怪奇な状態と化していた。


 ただノエルは、その壁を逆に利用する。盛り上がる地面を踏み越えながら、軽やかなステップで男を追う。まるで雲の上を走っているかのようなスピード感。男はそれに対抗するために、何度も何度も壁を生成せざるを得なかった。


 それに追い打ちをかけるのが、回り込むように飛んできた炎の玉。

 それ単体がそれなりの威力を持ち、男に向けて四方八方から衝突しようとする。この正確な制御は、リュシアとの訓練による賜物だ。男の方も咄嗟に壁をつくって防御をするが、それは自身の進行方向を塞いでしまう結果となる。


 すかさず発される第二陣の魔法。ノエルが発する波状攻撃により、男はすっかり押し込まれていた。

 ぐちゃぐちゃになる地面、そしてそれを高所から見つめるノエル。

 そのタイミングでノエルは、大きく跳躍した。


 男が魔法の方に気を取られている、わずか数コンマ秒の時間。

 空を滑るかのように落下するノエルは、男の背後に飛び蹴りを食らわせる。そして続けざまに男の前方へと訪れる魔法。前後から交互に殴られるように吹き飛ばされた男は、その爆風によってぴしゃりと地面へと叩きつけられた。


「く、くそっ……!?」


 うつ伏せになって、満身創痍の男。まだ逃げようとすることは諦めていない様子で、手を前に出して這おうとしていたが、ノエルはその手を足で踏みつける。

 そして極めて冷たい声で、男に対して問いかける。


「……なぜ逃げる」

「戦えると……思うか……?」

「どういう意味だ?」


 ノエルは尋ね返すが、その答えが返ってくることはなかった。

 感じ取った膨大な魔力。それは地面へと流れ、ホール全体を揺らした。


「待つんだ!」


 ノエルはそう言いながらも、危機を察知して後ろに下がった。

 その予感は的中し、男を周辺とした地面が高く高く盛り上がった。その盛り上がり方は先程までの「壁」とは大きく異なり、どちらかというと剣山のような、鋭く尖った形をしていた。

 それに巻き込まれた形となる男は、当然ながらその剣山に貫かれていた。


 ホールの天井にまで届くであろうその岩は、男の自死のために用いられたものであった。もう既に男の姿は見えなくなっているが、これで無事だと言う方が難しい。

 ノエルはそれを唖然と見届け、そして次にホール全体の惨状を俯瞰した。


「くそっ、おいなんだよ。お前これ……どうするつもりだ」

「……俺に言うか?」


 すべてが終わり、恐る恐るやってきたシルヴァン。

 彼は呆れた様子で、ぐちゃぐちゃになったホールとノエルの顔を交互に見ていた。

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魔族嫌いの騎士団長は、魔族として生きていく。 ~美少女魔族に身体を乗っ取られた男の救国物語~ 柊しゅう @syu_m

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