44 夜会(4)

 シルヴァンとノエルは、互いに目を見合わせる。

 これは――黒だ。明らかに、何かを知っている。間違いない。

 二人はそう確信し、改めて公爵を追求することに決めた。


 シルヴァンは、公爵にさらに一歩近寄ると、小さな声でその耳に囁いた。


「自分の口からの方が、罪は軽いぞ?」

「ひぃっ……!」


 シルヴァンの言葉は、ただのハッタリだ。何か情報を掴んだわけではない。

 だが、激しく動揺したカストール公爵にとって、これは効果てきめんだった。含みを持たせた言葉からは、「お前のことはすべてお見通しだぞ」というオーラが漂ってくる。実際はそんなことはないのだが。

 くわえて、騎士団総長という立場がそれを後押しし、一気に公爵に対して自白を迫る圧力となる。


「この宮殿を密かに包囲させている。俺の合図一つで、大勢の騎士が攻め込んでくるだろうな」

「そんな……」


 この言葉も嘘。包囲なんてされていない。単身乗り込んだ二人に、後ろ盾となるものはないのが現実だ。このようにシルヴァンはハッタリにハッタリを重ね、青白い顔になった公爵を追い詰めていく。

 そのカストール公爵の態度は、もはや認めているも同然だった。


「だが、俺も荒事は避けたいんだ。少なからず怪我人は出るだろうしな。


 ……ですので、カストール卿。

 名前を教えていただけるのなら、貴方の身の安全を約束しましょう」


 シルヴァンは口調を切り替えて、今度は柔らかな口調で告げる。表情も険しいものから、優しい微笑みに変えて、動揺する公爵に寄り添う。

 先程までが鞭だとすれば、これは飴。その態度の落差を利用して、追い詰められた公爵を引き戻していく。これは尋問の常套手段だ。


「いえ……私は……」


 ぐらぐらと揺らいだカストール公爵だったが、まだ情報を吐くには至らなかった。だが、彼の額にはだらだらと額に流れる汗。もうあと一歩であることは間違いなかった。

 そこで、ノエルが最後のトドメを食らわせるように甘い言葉で誘惑する。


「実は、我々は魔族との協調を望んでいます。貴方がきっかけで彼らとの繋がりができれば、和平へ一歩近づくことでしょう。

 そうなれば、貴方は罪人どころか……国の英雄ですよ」

「英雄……」


 魔族と手を組んだという”罪”を肯定し、情報を吐くことのデメリットを帳消しにしてやる。これで心理的障壁が大いになくなったはずだ。貴族というプライドの塊である存在に対し、功名心をチラつかせたのも大きいだろう。

 そんな説得によって、公爵の心の天秤を大きく傾くこととなる。


 だがそんなとき、横で沈黙を保っていたシェナ王女が口を開く。


「お兄様、どういうこと? ノーラ様は、遠縁のご令嬢ではないのかしら?

「……シェナ。後で説明するから、少し静かにしていてくれ」


 シルヴァンは凄い形相で言った。今良い所だから黙っていてくれ、の顔だ。横に立つノエルも少し困ったような顔だ。

 だがシェナも別に察しが悪いわけではない。そのただならない雰囲気をおおよそ理解したシェナは、むっと口を噤んだ。


「分かりました……シルヴァン殿下。私が知っていることを全てお伝えします」


 ものの数分で、カストール公爵は折れた。

 正直……ここまであっさり成功するとは、いささか拍子抜けだが、これはひとえにシルヴァンとノエルのネゴシエーションスキルの高さ故だろう。

 未だ青白い顔をしているが、宣言通り、公爵はゆっくりと語りだす。


「私はこれまで、マテウス様という方と取引をしていました。私が王国の物資を融通する代わりに、マテウス様は――」


 そこまで言いかけたところで、カストール公爵は突然口を止めた。


「おい」


 二人はすぐに異変に気がついた。

 だが同時に、それは手遅れでもあった。


「――ぐはッ、あッ、が……」


 カストール公爵が嘔吐えずく。と同時に、彼の口元からは一筋の血が垂れていた。


「大丈夫か!!」

「うっ………………」


 公爵はついに立っていられなくなり、前のめりになって地面へと倒れ込む。シルヴァンは彼のその体を受け止め、肩を貸して支える。よく見れば、カストール公爵の背中には、深々と大きなナイフが突き刺さっていた。その刺し傷を中心に染み渡るように血が溢れ、地面に真っ赤な模様を作り出す。


「キャアァァ!!!!」


 誰だかわからないが、一人の女の悲鳴が会場に響き渡る。そしてその声を発端にして、倒れ込むカストール公爵に注目が集まる。徐々に会場にはざわめきが伝播し、やがてそれはパニックへと発展する。それはまるで流行り病のように会場中に広がり、あっという間に辺りは混沌と化す。


「……誰が?」


 ノエルは辺りを見回す。

 そしてすぐに、渦のようになる集団の中、彼は一人だけ不自然な人物を見つける。

 会場の出口とは反対方向。人々の並に逆らうように移動する、一人の男だ。


(もしかしてアレか……?)


 このパニック状態にも関わらず、その男は妙に冷静な表情だった。これを見たノエルは、その直感から確信をする。


「おい、待て!」

「チッ」


 ノエルはその背中を追いかけた。

 男の方も気づいたのか、小さな舌打ちが聞こえ、男は人をなぎ倒すように掻き分けていく。

 ノエルもその方向へ向かおうとするが――体格的に、明らかに不利であった。

 もちろん、力で道を切り開くことも可能だろう。だが、それでは無関係の人を傷つけてしまう。だから、こうやって人を掻き分けるしかないのだが……やはり、身長の低くなったノエルにとって、それは大きなハンデであった。


 やがて、人の波に揉まれている間、ノエルの視界から男を見失う。


(クソ、逃げられるな)


 まだ会場内にいることは確かだが、……どうすればいい?

 ノエルがそう思った直後、突如、轟音が響き渡った。



 ――ガッシャーン!!!!!


 広間に設けられた巨大なステンドグラス。女神を象ったそのデザインは、この宮殿において一番の象徴的な意匠であり、この建物の歴史深さと文化的価値の高さを物語っている。


「それは……駄目だろう」


 月夜に照らされ美しく輝く、そのステンドグラス。

 それが今まさに――木っ端微塵になっていた。



 一体のグリフォンによって。

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