43 夜会(3)
「お兄様!」
踊りを終え、いろんな意味でへとへとになったノエルの後ろから、女性の声が掛かる。その声はシルヴァンに向けられたものであったが、ノエルにとってもそれなりに聞き馴染みのある声だった。
「シェナ……来ていたのか」
「それはこっちのセリフだわ? いつも夜会なんかには来ないクセに」
「ああ、確かにそうだな……」
シェナ第一王女。シルヴァンの妹君だ。
美しい金色の髪は、風に揺れる花びらのようにふんわりとしていた。兄と同じ美形なのは言うまでもなく、長い睫毛とはっきりとした目鼻立ち。そしてほんのり朱色に染まった頬は、その美貌に可愛らしさを加えていた。
そんな彼女は、ノエルを見ると興奮したように飛び跳ね、先程の踊りの感想をまくしたてた。
「貴方の踊り、とても素晴らしかったわ! まるで舞台の演劇を見ているようで……すごく感動しましたわ!」
「お褒めに預かり光栄です、王女殿下」
シェナ王女は続いて、ノエルの顔をまじまじと見ると、不思議そうに首を傾げた。
「私の勉強不足で申し訳ないのだけれど、お兄様とはお知り合いなのかしら」
「あー……こいつはノーラだ。知り合いの……知り合いの……遠縁の令嬢だ」
シルヴァンの紹介を受け、ノエルはシェナ王女に対してお辞儀をする。
そして、ノエルは心のなかで思った――”知り合いの知り合いの遠縁”は他人だ、と。
「そうなのね!」
”遠縁の伯爵家令嬢”という設定を、同じ家系である妹に用いられるはずもなく、このような言い方になってしまったのだ。だが、当のシェナ王女は何も不審には思っていないようだった。
「……でも、どこかでお会いしたことがあるような」
「気の所為だ。なにせ、
シルヴァンは、敢えて”初めての”を強調しながら言った。「女性として」という枕詞を省略したつもりなのだろう。
だがシェナ王女は素直に、「初めてでこれほどの踊りが……」と驚嘆していた。
そんな彼女の様子を見て、ノエルはさらなる無表情を決め込んだ。
「ノーラさん、お兄様と何処でお知り合いになられたの?」
そんなシェナ王女は、ノエルに対してこう尋ねた。その言い方は、二人に対してあらぬ期待を抱いているようだった。心なしかその頬が赤く染まっている。
その意図を理解したシルヴァンとノエルは、お互いに顔を見合わせて、それぞれの言葉で否定する。
「シェナ……俺たちはそういう仲じゃないんだ……」
「ええ、貴方のご令兄の仰る通りです。……どう道を踏み誤っても、そのような関係になることはございません。ですから、どうぞご安心ください」
「えっ、あら、そうなの?」
シェナ王女はこてりと首を傾げる。
てっきり、もうお付き合いしている仲だと思ってましたのに。そう言わんばかりの表情だった。
だが実態は男同士。お互いにそういう趣味はないのである。
仮にでもそんなことがあれば…………いや、この想像はやめておこう。
「……久しぶりですな、王子殿下。シェナ王女殿下も、元気そうで何よりです」
三人の横から声がかかる。
白髪混じりの男の姿に、思わずノエルは息を呑んだ。
――オドニエル・カストール。
カストール公爵家の当主であり、この夜会の主催者。そしてノエルとシルヴァンが探し求めていた相手でもある。
セノスの言葉を信じるのなら、この男が、魔族に協力する裏切り者だ。
そんなカストール公爵は、自らの髭を掻きながら、ノエルの姿をまじまじと見つめる。
「先程は素晴らしいダンスでした。いやはや、思わず私も見入ってしまいました。……初めてお見かけする顔ですが、お名前をお聞きしても?」
ノエルは、公爵の表情を逐一確認しながらその出方を伺う。
既にノエルの情報が公爵サイドへ伝わっている可能性も十分にある。そうなら何らかの先手を打たれていることも考えられる。
「ノーラ、と申します」
「そうですか、とてもいい名前です。……私、オドニエル・カストールと申します。以後お見知りおきを」
敢えてその名前を強調するようにゆっくりと言い、わずかな表情の変化を読み取ろうとした。「レオノーラ」に近い響きの偽名を使っているのは、これが目的でもある。
……しかし、公爵の表情は変わらない。ポーカーフェイスなのか、それとも、レオノーラの存在をそもそも知らないのか。
「シルヴァン殿下、貴方が女性と一緒にいるなどとても珍しい。なにか心変わりでもあったのですか? とても魅力的な女性であることには変わりないですがな」
続いて彼が話しかけた相手は、シルヴァンだった。
ニヤリと笑いながら冗談を言う態度は、シルヴァンにとってもそこまで違和感がなかった。
――まさか、白なのか?
そう思ったシルヴァンは、公爵に小さな声で耳打ちをする。
「実は、この夜会に魔族が紛れ込んでいるとの情報を掴んだ。彼女は私の協力者だ。何か知っていることはないか?」
「なっ……! そ、それは、本当ですか!?」
突然、明らかに動揺した公爵。一気に顔は青ざめ、その頬はピクピクと痙攣しながら引き攣っている。
確かに、夜会に魔族が紛れ込んでいるとなると、動揺するのも分からなくもない。
言った相手が、王国騎士団の総長ともあれば尚更だろう。
……だが、これはリアクションが大きすぎる。
まだ疑惑の段階――魔族が紛れている”かも”、という状態だ。それなのにもかかわらず、公爵のその反応はあまりにも苛烈だった。
まるで――魔族がいることを初めから知っているかのように。
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