勇者番号1487012番
塩砂糖
第1話 赤い手紙
それは突然やってきた。
地に足を踏みつける音。これは紛れもなく人間の足音だ。
周囲を山々に囲まれ外界との交流が隔てられたこの地に足を運ぶ者などそういない。深く眠っていた意識を覚醒させ、一気にベッドから飛び起きる。枕元に常備している剣をすばやく手に取り、窓から様子を伺った。だが、ここからでは木々に隠れ確認することができない。
空き巣か?
いやそれにしてはあまりに用心が無さすぎる。昨晩の雨でできた水溜まりを堂々と踏みつけ足音を隠そうともしていない。
ふと、足音がぴたりと止まった。どうやら、扉の前に着いたようだ。
「――――御免、下さい」
覇気がなく不気味な雰囲気さえ感じられる声音に思わず息をのむ。
何かあってもすぐ対処できるように右手に握った剣を後ろに隠し、もう片方の手で恐る恐るドアノブを回す。扉が開かれると同時に、朝日によって視界が光に包まれた。相手から決して目を逸らさぬよう扉の先に意識を集中させる。徐々に、目が慣れその扉の前に立つ人物が鮮明になってくる。
そこには、髭を無造作に生やしやつれ顔の男が立っていた。
その手には何やら異様に赤い手紙が握られている。
「おめでとうございます」
男は深々と頭を下げた。
こいつは一体何を言っているんだ。
剣を持つ右手に力が入る。
いや、この人はただの郵便配達人だ。
それは間違いないだろう。
だが、ずっとここで暮らしてきた俺に手紙のやり取りをするような人は一人もいない。
剣をそっと鞘に納め、扉の前に一歩進み出た。
「すみません。それ、多分間違いですよ。だって俺、文通交わすような人いませんし……」
「いえ、この手紙の送り先はこちらで間違いありませんよ。――カイン・ロペス様」
男が口にした名は確かに俺の名前だった。
差し出された手紙を受け取り宛先を見ても、やはりカイン・ロペスという名が書かれていた。
どうやら、本当に送り先はここで間違っていないようだ。
じゃあ一体誰が――――。
「それでは、私はこれで失礼致します。……ご健闘お祈り申し上げます」
立ち去る男の背中を見送り、再び部屋に戻ると引き出しの奥に閉まってあったペーパーナイフで封を切った。
すると同時に手紙の中から飛び出した何かが床にゴトッと落ちる音がした。
その音の先を見ると、真ん中に赤い結晶をはめ込み、銀色に光り輝く腕輪が転がっていた。見るからに高価そうだ。だが、なぜこんなものがこの中に入っているんだ。
数多の疑問の答えを求め、手紙を開いた。
「――――え」
【召集令状】
あなたは「勇者」に選ばれました。
同封された腕輪を身に着け王城までお越しください。
「ゆぅ、しゃ。俺が、勇者…………」
全身が震え、膝から崩れ落ちる。
勇者。それは皆の憧れ。誰もが一度は想像を膨らませ、歓喜する存在。
カインは喜びに震えていた。
それは勇者に選ばれたこと以上に、自分の存在を国に認められたことに対してだ。
勇者は、国に魔王を打ち倒せる強さがあると判断された人がなれるもの。
俺は国から認められたんだ。
「やってやろうじゃんよ! 魔王討伐!! 俺という存在を世界に見せつけてやるッ!」
◇◆◇◆◇
人生のほとんどを一人で生き、存在を誰からも承認されることのなかった少年はその日勇者となった。
自分自身の存在をもっと多くの人に認めてもらうために――。
勇者番号1487012番 塩砂糖 @Shiozato
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