エピローグ
結論として、俺を騙ったトレインPKプレイヤーが、元世界王者であるプロゲーマー・ナユタであったということは公開されなかった。
アンティルールによりナユタのキャラクターが消滅したあと、すぐにナユタから凛子のSNSに連絡があった。ゲーム内での横柄な態度ではなく、その文面は大人としてきちんとしたもので――
要約すると、『自分の利己的な考えで俺たちや無関係なプレイヤーに多大な迷惑をかけたことを申し訳なく思っている。反省している。正式に謝罪するので、動画の公開は勘弁してもらえないか』――……
都合のいいものではあるが、ナユタはナユタでレベル90代までやり込んだキャラクターをロストした。話ぐらいは……ということで、俺たちは翌日の土曜、ナユタとオンライン上で面会――チャットをすることになった。
もちろん、こんな事件を起こしたナユタに対し、ネット上でとは言えなにも対策せずに顔を合わせる、なんてことはできない。このチャットが成立したのは、彼がプロゲーマーとして活動する上でのアナライザー兼マネージャーが同席すること、そしてこちらもロキとアンクが同席するという条件があったからだ。
俺と凛子にとって、大人との対面に大学生のロキとアンクが同席してくれるのはありがたかった。俺はゲーム内ではプロゲーマーを一蹴することができても、ログアウトすればただの高校生に過ぎない。俺にとって今回の事件は自分にできること、できないことを自覚するきっかけとなった。
ナユタの言い分は、今後は《ワルプルギス・オンライン》をプレイ・配信しないこと、《月光》のメンバーに接触しないことを条件に動画の公開を差し止めて欲しい、というものだった。
当然、凛子やロキ、アンクはこれを善しとしなかった。動画を公開しないことには、俺の嫌疑は晴れないままだからだ。
だがしかし、やはりというかなんというか――かつて俺と凛子の憧れだったプロゲーマーが、スーツにネクタイ姿で、画面越しにとは言え自分たちに頭を下げる姿は見ていて居た堪れなかった。
そして俺は、プレイするタイトルに対し常に真摯であること、どんなプレイヤーにもリスペクトを持つこと、被害者に対する贖罪のつもりで後進の育成に努めることを条件に、動画のプレイヤーがナユタであると特定できないように加工することを提案した。
動画の公開は俺の釈明の為、譲れない条件だ。しかしナユタと特定できないようにすることで彼のプロ人生を完全に閉ざすことはしない――それが俺にできる最大の譲歩だった。
凛子、ロキ、アンクは強く反発したが、それでも一番の被害者である俺がそう言うならと、最後は譲ってくれた。
ナユタの方は、一度だけ新キャラでログインし、アカウントで保有している資産をすべて俺たちに預けるので、被害者に分配して欲しいと言ってきた。
俺たちとしては無実の証明が目的だったのでそこまでしてやる義理はなかったが、お人好しの凛子はこれを承諾した。
凛子もどこかでナユタの復帰、というか、更生というか……ともかく、かつてのナユタの姿を見たいと心のどこかで思っていたに違いない。これでナユタがまた真摯にゲームに向き合うなら……という思いの下での承諾だろう。
そしてナユタの俺に対するチート野郎発言だが――これについてもナユタは謝罪の意を示した。曰く、ミラージュドラゴン戦の動画を観た時点でチートではない超反応だと予測できたそうだ。だからこそ、自分の遥か上を行く反射反応速度を持つ俺の存在を認められなかったと、短絡的にチーター認定してしまったと何度も頭を下げられた。
それを認めて頭を下げられるのなら、きっとまたトップ層の一人として世界の舞台に立てるだろう。
ともかく、そういった形で俺たちはナユタの謝罪を受け入れて――
――そして、明けて日曜。
俺は《月光》に復帰し、ギルドハウスのリビング、その定位置でカイやナオさんに顛末を報告した。
その報告会? も既に終わり――俺たちは男子と女子に別れて駄弁っていた。
「――で、実際どうやった? 確かアイツ、何年か前に世界獲ってたやろ?」
ロキに尋ねられ、俺はナユタとの対戦を振り返る。
「五年前だよ。《ソード・シンフォニア》な……アバター操作はキレてたよ。格ゲーのプロだけど、ちゃんと《ワルプル》のことも研究してたんじゃないかな。初手がスキル攻撃じゃなくて対人戦わかってると思ったよ。プロリーグに参加してたら実際いいとこ行ったかもな」
「へえ、ロックくんにそこまで言わせるんや」
「言っても元世界王者だしなぁ……俺を蹴落とそうとしないで、真剣にどっちが上かって意識で戦ってたらもっと苦戦したかも」
「あ、ロックさんが勝つのは揺るがないんだ?」
「そらそうよ。格ゲーならしばらく触ってないしまた別だろうけど、《ワルプル》で一対一ならそうそう負けないよ」
カイの言葉に頷くと、ロキがぴゅうと口笛を吹いた。
「言うやんか。そこまで言うならジブン、《ワルプル》でプロゲーマーになったらどうや? 世界獲ってみせえや」
「だから、俺のゲームプレイは趣味だって……プロゲーマーじゃなくて、ゲームクリエイターになりたいの、俺は」
ロキの言葉に答えると、「あはは」と大きな笑い声が聞こえてきた。凛子――シトラスのものだ。目を向けると、シトラスとナオさんが楽しそうに話している。
「――アレがジブンの守ったもんやで」
「ロックくんがいない間は『よう知らん』みたいな顔してたけど、見ててこっちがつらくなるぐらいしょげてたんよ」
「やっぱウチはシトラスさんが笑ってないとね。ロックさんにはしっかりしててもらわないと」
女性陣に聞かれないような小声で三人がそう言ってくる。
こっちの会話のトーンが落ちたのが気になったか、ふとシトラスが声をかけてきた。
「? どうかした?」
「や、別に」
俺がそう答えると、シトラスは――
「そう言えばさ、来月アニバーサリーイベント始まるでしょ? イベントだし、ロックも一緒にやるよね?」
「――ああ。最終的にはソロでイベントボスと戦うつもりだけど、イベントコンプの方を優先するつもりだ」
そう答えると、シトラスは胸の前で小さくガッツポーズを取る。
「やった! 周回報酬でプレイヤーがデザインできる見た目装備が実装されるらしいんだよね。ロックがいてくれたら《月光》が最速ゲットできるかも!」
喜びを顕にするシトラス。
――ちなみにこの《ワルプルギス・オンライン》初のアニバーサリーイベントが季節に合わせた水着イベントで、この見た目装備もプレイヤーがある程度カスタマイズできる水着なのだが――それが判明してシトラスは少し微妙そうな反応を見せるのだが、それはもう少し後の話だ。
ネットゲームで夏と言えば水着だ。運営も良くわかっている――そう反応してシトラスに半目で睨まれることになるのだが、それもまた後の話で。
「アニバーサリーイベントもいいけど、来週は《
尋ねてみると、シトラスは「うーん」と思案顔を見せ、
「今週はほら、トレインPKの補填でいろんなギルドさんに会わなきゃいけないから陣営リーダー外れるつもり。そもそも前回ウチだったしね。だから今回はあんまり口出ししないで、陣営リーダーさんとこが考える作戦に従う感じかなぁ」
「まあ、それでいいんちゃうん?」
「せやね。前回『ラース包囲網』を組むと隣接エリアに当たった陣営がまっさきに落とされる、ちゅうことをロックくんが証明してくれたし、相手も気軽に同盟は組めへんでしょ。前回よりは楽なはずや」
ロキとアンクが頷く。
「前回は防衛だったし、今度は前線でバチバチにやるのもいいかも」
――と、カイ。
「そうだね、ウチのメンバーでどこか落としに行きたいね! 私も前線出たいなぁ……そうなったらロック、一緒のパーティで戦ってくれるでしょ?」
「もちろん」
そう返すと、シトラスは満面の笑みを見せた。
「アニバーサリーイベントも楽しみだなぁ。早く始まんないかなぁ」
シトラスがそう呟く。この様子だと、イベント期間中はずっとパーティに誘われることだろう。今年の夏は《ワルプルギス・オンライン》一色になりそうだ。
【第一話完結】《ワルプルギス・オンライン》 枢ノレ @nore_kururu
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