第5章 証明⑦

「――オラぁっ!」


 気合とともにナユタが《ヘッドスプリッター》――いわゆる唐竹割りを放ってくる。大上段から振り下ろされるその一撃をサイドステップで躱しつつ、接近――相手の喉元を狙ってバタフライナイフを疾走らせる。


「――っ!」


 俺の反撃に反応し、避けようと身を捩ろうとしたのは流石プロゲーマーの反射反応速度といったところだが、《ヘッドスプリッター》のスキル硬直がそれを許さない。


 ナイフが斬り割いた喉元から――倫理コードの関係から、だいぶマイルドな表現の――流血エフェクトが発生する。


 ――視界の右上に視線を向け、対峙するナユタのHPを確認する。ナユタの攻撃に、スキルは使わずに通常攻撃で反撃――それを繰り返してしばらく、ナユタのHPはとうとう五割を割り込んだ。


 何発か当てれば倒せる――そう信じて遮二無二攻撃を繰り返すナユタだったが、俺の方は未だ被弾ゼロ。HPは無傷のまま――


「はぁ、はぁ、このクソ野郎が――」


 ここまでスキルで、あるいは通常攻撃で攻撃を仕掛け続けてきたナユタだったが、どれも通らず、その全てに反撃をくらい続けて集中力が途切れたか、呪詛の言葉を吐く。


 ――俺の気分は最悪だった。元々勝てる相手に力を見せつけるようなプレイは好きじゃない。高い壁に挑み、それを攻略するのが好きなのだ。だからこそソロでレイド前提のボス攻略なんてことをしてるのだが――


 反省の態度を示し、これまでトレインしたモンスターで轢き殺したプレイヤーたちに謝罪する、なんてことを言ってくれれば――でなければ《ナユタ》として謝罪動画をアップする、でも良かった。


 そうすればキャラクターデリートやそれに代わる贖罪は被害者たちの判断に委ね、俺はこの決闘を引き分けでなかったことにしても良かったのに……


 ここまで一方的にガン処理されればトラウマものだろうし、絶望感もあったはずだ。心が折れてもいいはずなのに。


 ――《月光》を脅して凛子を泣かせた奴に、その所業の報いを――などと意気込んでいたが、先に心が折れてしまったのは俺の方だった。


 相手を嬲るような戦いが楽しい訳がない。俺はもう攻撃のたびに味わう罪悪感の類であろう不愉快な手応えに苛立ちさえ覚えていた。


「――……このまま続けても勝ち目ねえだろ。動画は公開しないでやるから、降参リザインして引退表明しろよ」


 俺はナユタにそう告げる。


「公開しないっつっても、こっちで確認できてる被害者たちには顛末話すけどな」


 そうでなければ、被害者たちが報われない――そう告げた俺に、ナユタは険しい視線を送ってきた。


 ふざけるな、舐めるな、ぶっ殺す――そんな言葉を想像していたのだが――しかし視線に籠もった敵意とは裏腹に、ナユタの言葉は殊勝なものだった。


「――よう、本気出せよ」


「……あ?」


「最大火力で来いっつってんだ。最弱武器バタフライナイフに本気なんて出せるかよ。全力のてめえをねじ伏せて《ワルプル》引退させてやるからよ」


 ……プロゲーマーの意地か。ここまで封殺されておいてそこまで言うとは……


 だが好都合と言えば好都合だ。これでいたぶるような真似は終わりにできる。


「質問に答えるなら武器を普段使いのものに変えてやってもいいぞ」


 そう告げると、苛立たしげにナユタが答える。


「なんだよ、言えよ」


「あの画像もあんたの仕込みだろ。誰だよ。今日も隠れてこれを見てるのか?」


「どこの誰かは知らねえな。SNSで適当にてめえを嫌ってそうなプレイヤーにてめえがトレインPKしてるらしいって話を吹き込んだだけだ。今頃たまたま撮ったスクショが《ワルプル》界隈で話題になって、自分が流出させた画像のせいでお前の恨みを買ったんじゃないかってヒヤヒヤしてるだろうぜ」


「……被害者たちが日付合わせて《月光》に抗議メッセ送ってきた件には噛んでるのか?」


「それもSNSの裏垢でちっと煽って扇動してやっただけだ。チート野郎には《ワルプル》から出ていって欲しいよなぁっつってな」


「……そうかよ」


 度し難い――もうこいつには《ワルプルギス・オンライン》から――いや、ゲーム界隈からいなくなってもらおう。シトラスが撮っている動画を公開すれば難しくないはずだ。


「――装備、変えてやるよ。最大火力だな? 防具も変えるか?」


「当然」


 尋ね、ナユタが答える。俺はシステムメニューから装備ウィンドウを開き――


「――ロック、危ない!」


 ウィンドウに目を落とした時、シトラスの叫び声が響いた。視線を上げると、装備を変えようとしている俺に向かってナユタがスキルを繰り出そうとしていた。


 ……くだらない手だ。本当に。


「――死ねよ、バカが!」


 ナユタが踊りかかってくる。だが俺は、こいつとの戦闘で油断はしないと最初に決めていた。装備メニューを開いていたその瞬間もだ。襲い来るナユタのその嘲るような表情、繰り出そうとしているスキル――全部見てる。見えている。


 俺は装備ウィンドウの操作を続け、バタフライナイフからスターグラディウスに持ち変える。最弱武器からカテゴリトップクラスへの変更だ。特殊効果はないが、高火力で頼りになるメインアーム――さすがに防具の変更は間に合いそうにないため断念するが、これで十分。


 装備ウィンドウを閉じる。ナユタが眼前に迫り、その凶刃で俺を討とうと片手剣を振り下ろそうとしている。


 踏み込み、剣の軌道――現環境での剣士スキル最多の七連撃スキル、《ヴォーパルレイド》だ。連撃の合間が各20F――20ミリ秒ごとに剣撃が襲ってくる、最速の連撃。《ブレードチャ―ジ》からのコンボスキルでもあるが、こうして単発でも繰り出せる。


 初撃を喰らえば割り込むことは出来ず、七ヒットで2800%と単発スキルとしては火力も剣士スキルで最強だ。


 だが――


「――止まって見えるぜ、プロゲーマー!」


 ――当たらなければ意味がない。十字斬り、袈裟斬り、逆袈裟、胴、逆胴と続く稲妻のような疾く鋭い斬撃――そのすべてを全部逆モーションで斬り払い、相殺する。雷鳴にも似た甲高い刃撃音が六度、鳴り響いた。


 最速かつ最強であるはずの連撃をことごとく相殺され、驚愕の表情を見せるナユタ。


 しかし、これで終わりじゃない。《ヴォーパルレイド》は七連撃――まだ最後の刺突攻撃が残っている。


 そして攻撃スキルは任意でキャンセルすることはできない。防がれると悟っただろうナユタが、それでもシステムに設定されたスキルモーションに沿って最後の一撃を放ってくる。


 俺の首を狙う刺突――それを《パリィ》で跳ね上げると、ナユタは体を仰け反らせた。


「――どうしてこんなことが出来やがる! 相殺だと? これがチートじゃねえなら――」


 喚くナユタ――俺は《パリィ》によるスキルファンブルで身動きが取れないナユタに、《ソニックスラッシュ》を叩き込む。音速の攻撃が衝撃波を伴ってナユタの体を貫く。コンボスキルの《アビスインパクト》もセットだ。さらなる追撃に、ナユタは都合三度、体を震わせる。


「ぐうぅ……!」


 武器を持ち替えたお陰で攻撃力が桁違いだ。先程までと打って代わり、ナユタのHPが急速に減り、五割を欠く。


「チートじゃねえよ。プレイヤースキルだ――これは格闘ゲームじゃない、MMOだぜ。モーションが設定されてるのはスキルだけなんだよ。初撃に攻撃スキルを使わなかったから理解してると思ったけどな」


 ノックバック中のナユタに告げてやるが、聞こえているかどうか――……


「見えてるスキルなんて防いでくれって言ってるようなもんだぜ。高火力のスキルで対戦相手を攻撃するなら、そこまでの駆け引きで相手の自由を奪った上で、躱せないフレームで仕掛けるんだ。こんな風にな」


 そう言いながら、俺は伝家の宝刀を抜く。《デッドリーアサルト》――さっきバタフライナイフで放ったものとは違う、メインアームでの《デッドリーアサルト》だ。《ソニックスラッシュ》コンボの減り具合からして、こいつが最後のスキルになるだろう。


 ノックバック中のナユタが顔色を変える。命乞いか、降伏か――ナユタはなにか言おうと口を開きかけたが、不意打ちという手段を選んだナユタの言葉を聞いてやる気になれなかった。


 一足で間合いを詰め、エフェクトが乗ったスターグラディウスでナユタの胸を貫く。続く剣閃エフェクトがその傷口を引き裂いて――




 ――そしてナユタはHPを全損させ、光のエフェクトと化して砕け散った。

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