第5章 証明⑥

 ――ナユタが例の動画――俺の幻魔竜との戦いを見て、排除ではなくどう抗うかを真剣に考えていたら、結果排除を選んでこういう流れになったとしても勝算はゼロじゃなかったかもしれない。


 例を挙げるなら、街中での決戦を条件にする、だ。街マップであれば先んじて《潜行ハイド》を使われたらこちらから攻撃を仕掛けるのは難しい。


 こうした森のようなフィールドなら地面に生える草をよく見ていれば、俺の《神眼》なら相手がどこにいるか看破し対応できるが、石畳の街中じゃそうはいかない。足音だけじゃ方角を特定するので精一杯だ。


 他にも俺に不利に働く条件なんか、考えればいくつか挙げられるだろう。


 俺はそういった提案をされたとしたら、ナユタが有利になろうとも受けるつもりだった。徹底して叩くつもりだったからだ。今後月光に嫌がらせをしようと考える連中が現れないよう、凛子が『楽しく遊びたい』と作ったギルドを守りたかったから――


 だが、ナユタは勝ち筋を考えることもなく、パワープレイでねじ伏せようとこの場で受けた。受けざるを得なかった状況を作ったのはこっちだが、それでも俺をチーターと決めつけず、きちんと評価していればこうはならなかったはずだ。


 そうでなければ世界を獲ることなんてできやしない。五年前、世界王者になったときはこいつも真摯にゲームに向き合っていたはずなのに。


 ――ナユタの初撃は、下段からすくい上げるような軌道で俺の首を狙う突きだった。片手剣とナイフ――リーチの差を活かし、先に俺を間合いに捉えたナユタが仕掛けてくる。


 初手でスキルを使ってこないのは流石と言ったところか。スキル攻撃が通らなければフレーム的な不利が確定する。そしてスキルに頼らないアバター操作による通常攻撃なら、反撃としてスキルによる攻撃を受けない限り硬直も発生しない。


 ――本当に残念だ。スキルの撃ち合いになりがちなこの《ワルプルギス・オンライン》における対人戦で、初手でこんな仕掛けをしてくる猛者はそういない。こいつが今もゲームに対して真摯な情熱があれば、互いにGGGood Gameと称え合えるいい試合になっただろうに――……


 突き出された切っ先――首を捻って躱し、ナユタに肉薄するように踏み込む。刺突を交わした瞬間、耳元で片手剣が空気を貫く音が聞こえた。


 レベル差、この剣の凄みから推し量ることができるATK――初心者装備の紙装甲では俺のHPゲージのほとんどを削ってしまうだろう。当たればの話だが。


「――っ!」


 初撃を躱されるのは想定済だったか、驚いた様子も焦った様子もなく、ナユタは淡々と俺の首を刈るべく剣を翻す。


 当たり前だが俺もそれをただ眺めてるわけじゃない。突きから薙ぐ軌道に変わった剣をバタフライナイフで受け止める。


 刃がぶつかりあって火花エフェクトが弾ける。その向こうでナユタが防がれたことに驚いていた。そうか、それだけこの連携に自信があったか――相手が俺じゃなきゃFAFirst Attackは取れただろうな。


「ちっ――」


 舌打ち。ナユタが仕切り直そうとバックステップをする。


 ――せっかく剣の間合いの内側まで踏み込んだのだ。逃さねえよ――ナユタがバックステップをしようと後ろに荷重を移動させた瞬間、俺は《背後取りバックサイド》を発動。ナユタのバックステップに先んじて後ろを取る。


「なに――」


 超至近距離での《背後取りバックサイド》だ、ナユタの目には俺が消えたように見えただろう。そして後ろを取ったらコレだ。《バックスタブ》――


 ぞぶり、とバタフライナイフがナユタの背中を抉る。確定クリティカル、それに《カオスハンド》が乗ってナユタの体ががくりと揺れる。


 だが――


「っ――」


 ナユタは追撃から逃れようと、身を低くしてその場で前転――起き上がると反転し、切っ先をこちらに向けて――


「――おいおい、なんだよこのクソダメージは」


 腰を落として臨戦態勢を維持しながらも、HPを確認したナユタがそう煽ってくる。


「二ヒットだったな? 《バックスタブ》のクリティカルに《カオスハンド》か? それでこの程度のダメージかよ――今からでも装備変えたほうがいいんじゃねえか? 待ってやるつもりはねえけどよ」


 嘲るナユタ。ATKとクリティカルに補正がかかり、《カオスハンド》が乗った《バックススタブ》だったが――それでもナユタのHPゲージを一割も削れていなかった。


 ナユタのDEFが極端に優れているということではない。攻撃力の補正が全くない初心者装備に、最弱武器のバタフライナイフ――圧倒的に今の俺のATKが低いのだ。


「その調子じゃ、オレの攻撃でどれだけてめえのHPが消し飛ぶか楽しみだな?」


「火力差は関係ねえよ――あんたの攻撃をもらう予定はないからな」


「――クソガキが!」


 ナユタはそう叫ぶと、切っ先をこちらに向けたままその場から大きく跳び退った。スキル云々は関係なく、跳んだ以上着地する瞬間は絶対にある。そこを狙うべく追おうとしたところで、ナユタがこちらに向けたままの剣――その先に魔法陣が発生する。


 ――空中で魔法スキルを発動させたのか!


 魔法スキルの詠唱中は身動きが取れない。どの道身動きが取れない空中にいる時間を詠唱で消費しようって魂胆か。味な真似を――


 こうなると、ナユタの手札を――スキル構成を知らない俺は追うに追えない。紙装甲の今の俺では魔法スキルの被弾は致命的だ。魔法陣の大きさから、上位に属する魔法ではないはずだが――


「――《アイスボルト》!」


 ナユタが着地と同時、呪文を唱える。その声によって魔法スキルが発動、魔法陣から氷の礫がマシンガンのように発射される。近接戦闘圏内での多段ヒット魔法スキル、《アイスボルト》――初級魔法と言うことを差し引いても厄介な攻撃だ。


 ――相手が俺じゃなければ。


 見て、対応する。やることはしばらく前にシトラスとPvPしたときと同じだ。50F――50ミリ秒の隙間を縫って、撃ち出された氷の弾丸をすべて《パリィ》で打ち落とす。


「――チート野郎が!」


「自分にできないことは全部チート扱いか。あんた、メンタルがプロに向いてねえよ」


 驚いてさらに間合いを取ろうと退るナユタを追う。今度はこっちの仕掛けだ。剣士スキルの突進技、《スティンガー》――それに似せたモーションで疾駆する。


「――はっ! 仕掛けが雑だぜ、《公認チーター》さんよ!」


 モーションを盗んだつもりか、嬉しそうに言ってナユタは剣を薙ぐ。俺が実際に《スティンガー》を使っていれば、手の中のバタフライナイフがヤツの体に届く前に交錯する軌道だ。おそらく《パリィ》か、《スラッシュパリィ》――まあ、どっちでもいい。


 そのまま間合いを詰める。突き出したナイフがナユタの剣に弾かれるその瞬間、俺は《ファントムドライヴ》を発動させる。


 視界がブレて、俺の体は150F――0.15秒前にいた場所へ巻き戻された。眼の前をナユタの剣の切っ先が通り抜けていく。


「――!?」


 目を見開くナユタ。目算を見誤ったと思ったかもしれない。《ファントムドライヴ》はこういう使い方もある。来ると思ったタイミングを外してやればこの通りだ。来るはずのタイミングで来ない――相手のタイミングを確実に外せる殺し技。


 ファンブルした《パリィ》で体を硬直させるナユタ。そこに、《ファントムドライヴ》からのコンボスキル、《カオスディザスター》を叩き込む。


 禍々しいエフェクトを伴った一撃がナユタの胸を貫いた。しかし予定通りではあるが、ナユタのHPはさほど減らず――先の《バックスタブ》と合わせてようやく一割に届いたかといったところだ。


 貫通エフェクトは発生しなかった。現状ナユタにバフはかかってなかったようだが――


 ノックバックしながら、ナユタは嫌らしく笑う。


「《ファントムドライヴ》からの《カオスディザスター》か、なるほどな……こういう使い方があるかよ。けど《カオスディザスター》でこのダメージじゃな」


 そして俺の攻撃は取るに足らないと確信したのか、ノックバックの硬直明け直後に反撃の剣士スキルを発動する。


 ナユタが剣を担ぎ、走り出す。《ブレードチャージ》――相手の攻撃を受けてもノックバックを受けない、いわゆるスーパーアーマーを纏った突進攻撃だ。これを受けると、剣士スキル最速の高火力スキル《ヴォーパルレイド》へのコンボが確定してしまう。


 ――このゲームにおいて、対戦相手が発動したスキルを無効化するには基本的に二つの方法がある。まずは《パリィ》や《スラッシュパリィ》で攻撃そのものを無効化する方法。見て対応する俺がもっとも得意とする方法だ。


 そしてもう一つは、スキルモーションや詠唱を阻害してスキルをファンブルさせる方法だ。早い話が攻撃を当てることでスキルモーションや詠唱を中断させるわけだ。


 ナユタが今にも繰り出そうとしている《ブレードチャージ》はスーパーアーマーがついているのでこの方法は取れない。《パリィ》か《スラッシュパリィ》で凌ぐのが正攻法だが――


 だが、もう一つ――一対一では難易度が桁違いに跳ね上がるが、モーションを中断させてスキルをファンブルさせる方法がある。先日の《魔女たちの夜ワルプルギス》で俺に襲いかかるプレイヤーにカイが横から体当たりしたように、スキルモーションそのものを中断させる方法だ。


 それを実行すべく、俺も駆け出す。またもナユタがぎょっとするが、しかしすでに間合いの内。担いだ剣を振り下ろそうとし――


 ――俺は、攻撃判定が発生する前にナイフを持たない左手で、ナユタが剣を振り下ろそうとする手を受け止める。結果ナユタは剣を振り下ろせず――スキルモーションが中断され、パキンと乾いたエフェクト音とともに《ブレードチャージ》はファンブルする。


「――なんだと!?」


 スキルファンブルで数十ミリ秒の硬直を強いられたナユタが目を見開く。


「悪いな、俺が最弱武器バタフライナイフのままPvPを申請したのは、トレインPKなんて卑怯で姑息な手を使って《月光》に脅しをかけたあんたが心底後悔するまで切り刻んでやるつもりだったからだよ。一度や二度の攻撃スキルで終わらせてやるつもりはないぜ」


 ファンブル硬直中のナユタに《デッドリーアサルト》を繰り出す。《カオスディザスター》の時と同じく胸の中央付近を斬りつけると、稲妻のような十五本の剣閃がナユタに襲いかかる。


「ぐっ――」


 この《ワルプルギス・オンライン》は五感シミュレーターの機能で、明確な痛みはないもののアバターが受けたダメージを不快感に変換してプレイヤーにフィードバックする。ナユタは《デッドリーアサルト》で受けたダメージ不快感に顔を歪ませた。


 そんなナユタに向けて、告げる。


「もう一度言うぜ、プロゲーマー――格の違いをわからせてやるよ。心が折れたら降参リザインしてもいいぜ」

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