第5章 証明⑤

 虚空に向かってそう告げる。すると、呼びかけに応えてシトラスが姿を表した。


「な――」


 急に現れたプレイヤーにぎょっとするナユタだったが、それよりもシトラスが驚いて俺の顔を見る。


「――どうして……」


「どうして私がいるのがわかったかって? わからねえはずねえだろ。何年幼馴染やってると思ってんだ。テスト前なのにログインし続けてたのは、レベル上げて《潜行ハイド》を取得して、こうやって俺の後を尾けるためだったんだろ?」


 俺がそう告げると、シトラスは今にも泣き出しそうな表情を見せる。


「俺が決着をつけるなら、自分が証人に――そんな奴だ、お前は。お前なら必ず来るって思ってたから、俺はカイにもロキにもアンクにも――他の誰にも証人を頼まなかったんだ」


「ロック――……」


 シトラスが目に涙を溜めて言う。


「泣くな、面倒くせえ――ちゃんと撮ってたんだろうな? これでただ《潜行ハイド》して見てただけなら間抜けだぞ」


 尋ねると、シトラスは涙を拭いながらうん、と頷く。


「鍵かけてライブ配信してる――ナユタ選手の自白も撮れてる。ライブだからアーカイブで公開すれば未編集だって証明できる」


「だ、そうだ――逃げるならこいつが配信してる動画をアーカイブで公開する。あんたのプロ人生は終わるな。俺に勝てたら公開しないでやるよ」


 ナユタは俺の言葉に肩を震わせ――


「汚えぞ!」


「どこが? あんたも俺に罪を被せるために仲間にキャプチャ撮らせたろ? ここにいるなら呼んでもいいぜ――そしたら二対一だ。もしかしたら俺に勝てるかもな?」


 もっとも、こいつが呼んでもその仲間は出てこないだろうが。


 協力者は正直どうでもいい。PKの被害者たちには悪い気がするが――しかし、こいつが真犯人と公開すれば見せしめとしては十分だ。仲間も自分の保身を考えれば自ら出てこようとは思わないだろう。報復なんてできやしない。


 そして、ナユタ自身この一幕を公開されたらプロ人生は終わりも同然だ。勝負を受けなければ破滅は確定。受けざるを得ない。


 待つこと数秒――ナユタは怒りを滾らせて、


「上等だ、プロの力を見せてやるよ、チーター。オレが正しいことを証明してやる」


「トレインPKしてる時点でなんも正しくねえけど?」


「黙れ!」


 ナユタは叫んでメニューを操作する。見る間に彼のアバターの装備が代わり――


 ――革と金属で作られた軽鎧に、片手剣を装備した姿になる。


「てめえみてえなチート野郎、まともにやりゃあ負けるはずがねえんだよ」


「まともに、ね――俺がチーターだと仮定して、俺にチートを使わせない確実な方法があるぜ」


「ああ?」


「あんたがスキルを使わなければいい」


 端的に告げる。


 ――ゲームにおける不正行為――チートは多岐にわたる。


 目立つものであれば、無敵、オートエイム、壁抜け、アイテム増殖――


 他にも色々あるが、話の流れからこいつが俺に疑いをかけているのは『相手の特定の行動に対して自動で対応する』類のチートだろう。対ミラージュドラゴン戦の動画で反射反応速度という言葉を口にしたからには間違いない。


 要はゲームマスターと同じところに目をつけたわけだ。アクション要素のあるゲームではど定番のチートだからな。


 つまり、チート発動のきっかけとなる行動をとらなければいいというわけだが――そもそも俺はこいつのスキル構成を知らないわけで、こいつが発動させたスキルへの対応処理をプログラムすることなんてできやしない。


 そのことにナユタ自身も気がついたのか、はっとしたが――それも一瞬、苛立たしげにPvP申請ウィンドウを見て怒鳴る。


「おい、レベルアレンジの設定がねえぞ!」


「そっちのレベルは?」


「94だ」


「なら問題ない。俺は81――ハンデにはちょうどいいレベル差だ」


「ふざけやがって……プロとアマチュアの違いを見せてやるよ!」


 ナユタは激怒しながら空中を叩くような仕草を見せる。俺が出したPvPの申請に同意したのだろう――俺とナユタの間に、戦闘開始までのテンカウントが表示された。


「ロック――」


 心配そうな声で呟くシトラス。


「……悪いな。お前もナユタのこんな姿見たくなかったろ」


 尋ねると、シトラスは静かに首を横に振った。そして――


「……負けないでね。ロックが引退なんてヤだよ」


「心配いらねえよ。少し下がってろ」


 そう言って俺はシトラスに手振りで下がるように伝え――そしてナユタと向き合う。


 カウントダウンが進む中、ナユタは腰を落とし、半身になる。その構えは、ナユタがかつて世界を獲ったVR格闘ゲーム《ソード・シンフォニア》――その使用キャラクターを彷彿とさせた。


 こちらに切っ先を向けた片手剣は、明らかに店売りのそれじゃない。片手剣は俺のメインアームじゃないから詳しいことは分からないが、おそらくレアドロップの類だろう。


「店売りの初心者装備に、一回り以上のレベル差――本気で勝てると思ってるのか? 女の前でカッコつけたいだけか?」


 煽ってるつもりなのか、ナユタがそんなことを言ってくる。俺はそれに答える代わりに、別の言葉を返した。


「――格の違いを教えてやるよ、プロゲーマー」


「アマチュアが――ほざいてろ!」


 カウントがゼロになる。それと同時に、俺とナユタは地を蹴って互いに向かって疾駆した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る