第5章 証明④
「俺の装備真似て、アバターまで似せてくれてよ……トレインPKの汚名を着せてくれてどうもな。礼に来たぜ」
まあ、来たのは俺じゃなくてこいつの方だが――それはそれとして。
俺はナユタにそう言ってやるが、ナユタの方は俺とまともに話ができる状態じゃない。ログアウトもテレポートも封じられ、そしてグレイウルフの群れに囲まれる。
対して俺はナユタのパーティメンバーではないので、
今にも十数体のグレイウルフに飛び掛かられそうになっているナユタを前に、俺は残念な気持ちで話しかける。
「――がっかりだよ、プロゲーマー。五年前のラスベガス、徹夜であんたの応援してたぜ。優勝した時は画面の前で手ぇ叩いて称えたんだけど――元環境トップのプロがプレイヤーキラーの上、それを他人に被せるなんて落ちぶれたもんだな」
「チーターにそんなこと言われたくねえなぁ!」
キャラが死んでしまえば、それこそこの状況に対し打つ手がなくなる。ナユタは俺にそう怒鳴り返しながら、グレイウルフへの対応を始めた。
次々と襲いかかるグレイウルフに対し、剣技スキルを中心にナユタは鮮やかに対応していく。アバター操作に迷いがない。俺の目から見ても動きがキレている。そのプレイングは流石の一言に尽きるが――
「プレイヤーキルを他人に被せるようなクソにチーター呼ばわりされる謂れはねえよ」
「巫山戯んなよ、てめえ――《公認チーター》? どう見たってやってるじゃねえか!」
「言いがかりはやめてくれよ、無実は運営に証明したぜ」
「どんなプログラム組んだんだよ、ええ?」
ナユタは悪態を吐きながら、剣技スキルを駆使してグレイウルフ狩り尽くし――
「……チート使ってゲーム荒らしてんじゃねえよ。てめえみたいのがリーグ戦に出てこられたらたまんねぇんだよ」
――グレイウルフと戦っている間に冷静になったのだろう――ハラスメントコードのせいで逃げるのは無理と諦めたのか、ナユタはグレイウルフを狩り尽くしたのにも関わらず、その場にとどまって俺にそう言った。
こいつの言うリーグ戦とは、《ワルプルギス・オンライン》が競技タイトル化されたことにより、これから始まるであろうこのゲームでのプロゲーマーたちの興行だ。
つまり、チートを使う俺がプロとして参戦するのは迷惑だと言いたいらしいが――
「あんたは知らないだろうが――俺は運営にメモリの監視までさせて不正がないことを証明してんだよ。言いがかりはやめてもらおうか」
「――へぇ、そこまでやらせて発見できないプログラムってわけか。すげえもん作ったじゃねえか、ええ?」
「そんなものはない」
「言い逃れできると思ってんのか? なめんなよ、あの動画観ればてめえの反応が人間の反射反応の限界超えてるのなんて一目瞭然なんだよ」
そう言いながらナユタが凄んでくる。しかし――
「俺のことはどうでもいいんだよ。お前、一般プレイヤーをトレインPKしてそれを他人に被せるなんてプロゲーマーのすることじゃねえよ」
「うるせえよ! チーターに言われたくねえな!」
「……言いたいことがあるなら運営に言うんだな」
これ以上話しても無駄だ。そう判断した俺はナユタにそう告げて俺は通報ボタンをタップしようと手を伸ばす。
「ざけんな! こんなことで通報だ? てめえがハメたんじゃねえか!」
――こんなこと、だと?
「トレインPKを認めるんだな?」
「そうだよ、てめえがこのゲームが嫌になってプレイしたくなくなるようにな! こんなことでてめえみてえなチーターがいなくなるならみんな喜ぶだろ!」
「俺に文句があるなら俺に直接言えばいいんだ。それを関係のないプレイヤーをPKして、それをネタにウチのギルド脅して――……それを、こんなことだと?」
「それがどうした!? こっちはプロだぞ、生活かかってんだよ! トレインPKとチーターに嫌がらせしたぐらいで通報なんざ洒落にならねえんだよ!」
声を荒げるナユタ。俺への嫌がらせの為に無関係のプレイヤーを巻き込むことはこいつにとって正義なんだろう――そう思わせる言い分だ。
どうやら俺が応援していた頃のナユタ選手とは別人らしい。世界大会を制し、そのタイトルの技術指南や解説の配信をしていた頃の面影はどこにも見えない。今の彼に引導を渡すことに躊躇する余地はなくなった。
俺は通報ボタンをタップする代わりに、システムメニューから別のコマンドを操作する。
「――見逃してやろうか?」
「ああ?」
「アンティルールで俺にPvPで勝ったら通報しないでやるよ」
俺がそう言うと、ナユタは顔を真赤にして怒鳴った。
「ふざけたこと言ってんじゃねえよ! チート野郎とアンティルールで勝負なんかできるか!」
その言葉には答えず、俺はPvPのメニューを開き、アンティルールの設定画面を開く。
「ハンデもやるよ。俺はこの初心者装備のままでいい。あんたは俺の真似した装備だからガチ装備じゃないんじゃないか? 好きな装備に変えろよ」
「てめえ――」
怒り心頭、と言った様子のナユタが、怒りのあまり唇を震わせる。
「どこまで舐めやがる! オレは世界獲ってんだぞ! チート野郎が――」
「去年と一昨年は予選を突破できなくてラスベガスからトンボ帰りだったな。落ち目で格ゲーからたまたま実況配信でプレイしてた《ワルプル》に鞍替えして――その上自分の上位互換を嫌がらせで排除しようとするようなプレイヤーには妥当なとこだろ」
「――なんだと?」
「MMOは積み上げ有利だもんな。これからプレイする新規参入のプロよりリーグ戦で有利に立ち回れるだろうよ。ただ、そんな性根じゃどんなタイトルでもトップ層にはもう戻れないだろうけどな」
「――上等だ! ほざきやがって……アンティだと? 何を賭けるってんだよ、ああ?」
「このゲームの引退を」
俺はそう言って、アンティルールの設定項目――その最下層にある、《キャラクターデリート》の項目にチェックをする。
プレイヤーの間で一時期話題になった設定項目だ。キャラデリを賭けた決闘なんて普通のMMOじゃあり得ない。
しかし――検証と称して実際にキャラクターが削除されることを確認したプレイヤーがいる。自分で利用するとは思ってもみなかったその《キャラクターデリート》を賭けて俺はナユタにPvP申請を送った。
俺の言葉にナユタは激高する。
「ふざけんな! オレが《ワルプル》の実況でいくら稼いでると思ってやがる! てめえみてえなチートでお手軽に最強気取って遊んでる奴と一緒にすんじゃねえよ! こっちは本気で取り組んでんだ!」
「俺は
俺はいよいよ気づいた事実を突きつける。
「あんたは差し合いと差し返し、超反応のカウンターで世界を獲ったよな。ミラドラの動画を観て、そのあんたの得意な土俵で俺に勝てないと考えたな? そりゃあ俺の反射反応速度をチートと決めつけて排除した方が楽だよな」
俺の反射反応速度が人間の限界を超えているのは事実だが、しかし本質はそこじゃない。こいつは自分の上位互換にどう抗うかではなく、どう排除するかを考えただけだ。
「その程度で本気を語るなよ」
吐き捨てるように告げると、ナユタは悔しそうに犬歯をむき出しにして俺を睨みつける。
「それに、どの道俺に勝たなきゃあんたにこのゲームの未来はねえよ」
そう言って――俺はそこにいるはずのプレイヤーに声をかける。
「――シトラス、いるだろ? 出てこいよ」
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