第5章 証明③
俺の横手――少し離れた茂みからそいつが飛び出すように現れたのは、それから数秒後のことだった。
一見して思ったのは「ああ、なるほど」だ。俺を半端にしか知らないプレイヤーならこいつを見て俺だと思うかもしれない――そんな風貌だった。背格好は瓜二つ――フードを目深に被っているため顔の造形こそわからないが――それは俺も同じだが――装備は俺が普段身につけているものとほとんど変わらない。
ミラージュドラゴンの一件で俺のアバターは周知だし、装備を特定して真似るのは簡単だっただろう。
フード越しに視線が交錯した瞬間、そいつはにやりと笑った。おいおい、トレインPKは目的があってやってるんじゃないのか? PKそのもので気持ちよくなってるなら、どうしたって救いはねえぞ――
そいつは飛び出してきた勢いそのまま、俺の脇を駆け抜けようとする。後ろには十数匹のグレイウルフを引き連れていた。この数――このフィールドが適正レベルのプレイヤーならまず間違いなく轢殺される。というか、高レベルでもビルドによっては急に囲まれるとちょっと困る数である。
プレイヤーキラーはすれ違いざま、俺の肩を掴んでグレイウルフたちの方へ突き飛ばそうとしてきた。そのまま俺がグレイウルフと接触すれば、連中のターゲットはこのプレイヤーキラーから俺に移って――というわけだ。
――だが、見えてるぜ。
「トレインしたモンスターのなすりつけはマナー違反だぜ。ちゃんと自分で処理しろよな」
プレイヤーキラーが俺の肩を掴んで突き飛ばそうとした瞬間、逆にそいつの手首を掴んで振り回すようにグレイウルフたちに向けて突き飛ばす。
「なに――っ」
プレイヤーキラーからしたら不意打ちに対応された形だ。驚いて声をあげつつ、そのままグレイウルフの群れの前でたたらを踏む。
「お前が噂のプレイヤーキラーだな? 手慣れてるじゃんよ――急に現れて突き飛ばされちゃ初心者も中級者も関係ない、驚いてる間にモンスターに轢き殺されるわな」
「ちっ――」
そいつは舌打ちし、さっと空中を掻くような仕草を見せる。だが――
「――!? ログアウトできない?」
プレイヤーキラーは驚愕の声を漏らす。
「慌ててんのか? 今、お前はグレイウルフに
俺に反撃されてパニクったのか、手っ取り早い離脱を試みたのだろうが――モンスターに
そして、そうなると次の手は――
プレイヤーキラーはストレージからテレポートアイテムを取り出す。フィールド内にランダムテレポートする消費アイテムだ。とりあえずこの場を凌ぐなら俺もそうするだろう。
俺はそいつがアイテムを取り出した瞬間――それはシステム上不可能であるとわかった上で――そいつの手からアイテムを取り上げるつもりで手を伸ばす。
他プレイヤーのアイテムを強奪することなんて当たり前だができる訳がない。ローグスキルにはモンスターからアイテムを盗む《
しかし、距離を詰めるタイミング、手を伸ばす角度、本気で盗るつもりの演技――全力を尽くした。結果――
そいつが取り出したテレポートアイテム、《胡蝶の翅》――翅と言いつつ、実物は貝殻のようなアイテムなのだが――それに俺の指先が触れるや否やといったところで、本気で盗られると思ったプレイヤーキラーは俺の腕を薙ぎ払うように打ち、そして突き放そうと蹶りを見舞ってくる。
――はっ、思い通り動いてくれてありがとうよ。
プレイヤーキラーが俺の腹を蹴った瞬間、周囲にビービーと甲高い警告音が響く。ハラスメントコード抵触のアラートだ。
このゲームではPvP中や《
しかしそれは可能なだけであって、していいわけではない。現実と一緒だ。
だったらできないようにシステムで制御しろと言ってしまうのは簡単だが、プレイヤー同士の接触を全面的に禁止とすると、プレイヤー同士の交流に問題がでる。
――結果として、《ワルプルギス・オンライン》はフルダイブ風営法の限界に挑むような攻めた設定を作った。そうして実現されたのが、フルダイブゲームの中でもかなり自由にプレイヤー同士で触れ合える環境と、定められたラインを超えるとペナルティが下される通報システムである。
俺の目の前に、『プレイヤー《ナユタ》からのハラスメント・暴力について、通報しますか?』というメッセージと、イエス・ノーを選ぶボタンがポップアップされる。
こいつの方にも、自分がハラスメントコードに抵触した旨のメッセージが表示されているだろう。
それにしても、《ナユタ》か……俺はこいつを知っている。
正確にはこの名前を、だ。同名の人違いでなければ、《ナユタ》と言えば格闘ゲームを主戦場に、かつ《ワルプルギス・オンライン》の実況配信もしているプロゲーマー――
かつては環境トップの選手の一人で、五年前――毎年ラスベガスで行われる格ゲーの世界大会でとあるタイトルにおいて優勝し、世界王者となった選手だ。その年の大会は凛子んちに泊まって二人して徹夜でナユタを応援したっけな。あの頃は凛子もまだ格ゲーをしていて、このナユタのプレイ動画をよく参考にしていた。
「――残念だったな。最初の突き飛ばしに、俺の腕を打って、前蹴り――短時間に三度の暴力行為だ、ハラスメントコードでこれから十分はテレポートもログアウトもできないぜ。このフィールドから出られない……後は俺が通報すればゲームマスターが飛んでくるってわけだ」
「てめえ、ハメやがったな!」
「どの口で言ってんだよ、俺をハメたのはお前だろ?」
そう言って俺はフードを外す。俺の顔を見て、ナユタは息を飲んで――そして憎々しげに俺の名を口にした。
「《公認チーター》……っ!」
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