第11話 因果


「…………なんて言っても、『もう少し一緒にいたかったなあ』って思ってるのも本当で……。やっぱり、生きててほしかった……」


「花笠さん…………」


 項垂れてしまった花笠でしたが、千鶴がおろおろしていると、すぐにしゃきっと背筋を伸ばしました。


「でも、いつまでも悲しんでばかりいたって、なんにもならない。どんなに願ったって、死んだ人が戻ってくるはずないでしょ?」


 しかし、無理矢理引き上げて作った彼女の笑顔は、とても痛々しいものでした。

 

「…………そう、ですね。だけど、戻ってこないからって、悲しんじゃいけないとか……悲しむことが無駄だってことはないんじゃないかなって思います。時間が経ったら、少しは目立たなくなるかもしれませんけど、完全に平気になるなんてことは……きっと一生ないんじゃないかと思うし、たぶんそれでいいんだと思います」


 それはまるで彼女のなかにある哀悼の意を全否定しているようで、いたたまれなくなった千鶴の口は、半ば勝手に動いていました。


「え……?」


「『ちゃんと悲しむ』ことは、その人自身にも必要なことですし、亡くなった人へのいちばんの弔いにもなるんじゃないでしょうか?」

 

「…………ありがとう、千鶴さん。その頃の私に聞かせてあげたい言葉だわ」


 千鶴が生意気なことを言いすぎたのではないかと心配になり始めた頃、花笠は彼女の目を見つめて感謝の意を示しました。


「私の故郷はね、対立の有無以前に厳しい環境だったから、病死よりも環境についていけなくて亡くなる人のほうが多かった。だから、こっちのほうに逃げてきて驚いた。日常的に命が脅かされない幸せと、そのことに無自覚な人たち。それでも、死亡率自体はあっちと大きく変わらないことにも」

 

「花笠さんは、そんな過酷な場所でずっと……?」

 

「こう言っちゃなんだけど、因果な話よね。自分の命の心配をする必要がなくなったと思ったら、今度は他人の命に振り回されるなんて。だけど、そうなったものは仕方ないし、いっそ徹底的に人の命に向き合おうと思ったの」


 花笠はぎゅっと握りこぶしを作りましたが、その手は千鶴とそう変わらないのではないかと思うほど小さなものでした。


 線の細い彼女が背負ってきた使命は、その身体にはさぞ重く、大きく、手に余るものだったことでしょう。


「生きている以上はいつかは別れがくるけど、そんな悲しい思いをするときは少しでも先延ばしにしたいでしょ? ……病気の人だけじゃなくて、周りの人も、きっと。だから、私は決めたの。『病気で亡くなる人が多いなら、それを治すための薬や技術を開発しよう』って」


「病気が本人だけの問題じゃないことを誰よりも知ってるからこそ……ですね」


 千鶴は深く頷きました。

 

「ええ。全部、彼のおかげね。いまの私があるのは」


 花笠は少しして、もう一度口を開きました。

 

「…………本人でもないのに、勝手に詳しい事情を話すわけにはいかないけど、このくらいだったらいいかしら。紫水もね、大事なひとがいて。『そのひとのために』、って言えるかどうかは微妙なところなんだけど。ずっと……いまも頑張ってるのは、大変な仕事を両立する原動力になってるのは、そのひとの存在によるところが大きいんじゃないかと思うわ」 


「!」


 彼女の言葉を受け、数日のあいだ落ち着いていた心は、大きくざわめきだします。


「大事なひと……。そう……。そう、ですよね…………」

 

 帰途に就く最中も千鶴は上の空で、花笠の話も大半が耳をすり抜けていきました。


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