第9話 外来種について


「……ああ、そうだ。比率を見ただけで突然変異種か外来種かの判断がつく理由。たぶんだけど、いまの話でなんとなくわかったんじゃない?」


 しかし、千鶴の隣にいるのは、普段から遠くを見つめているような紫水ではありません。


 次の瞬間には、花笠の瞳には元通りのいきいきした輝きがよみがえっていました。


「あ、はい! 突然変異種は基本的に弱くて、数を増やすのが難しい。だから、圧倒的に少ない場合はそうだと思っていい……ってことで合ってますか?」


「考え方も答えもばっちり! 補足としては、突然変異種かと思ったら、生まれたての新種だった……ってこともごく稀にあるから、その点は注意が必要ってことくらいでしょうね。どっちにしろ、個体数が一定以下の場合は、その場で簡易的な調査をして、そこにいた証拠として模写をすることになる。逃がす前に、ささっとね」

 

「確かに……。生まれたばっかりだったら、調べてみるまでどっちかわからないですよね」 

 

「そうそう。まあ、そんなことは滅多にないんだけどね。その逆で、ある程度多く生息してた場合は外来種だと思っていい。全部の外来種が強いわけじゃないけど、環境に合わなければ、流入してすぐに死んでるはずだからね。適応して定着できるのは強いものだけで、それだけ強いと在来種より強いなんてこともありえる」


「その場合、在来種を食べちゃうことはないんですか?」


 大自然を身近に感じながら育った千鶴は、手を止めて尋ねました。

 

「あるわ。それも結構な高確率でね。外来種が在来種の数を上回っていたら、そういうことが起きたって考えて」 


「もしそういうことになったら、どんなことをすればいいんでしょう?」 


「発見したら一匹残らず魚篭に入れて、然るべき機関に持っていくの。完全に私たちの管轄外だから、研究用の一匹だけ頂戴して、あとはその機関の裁量におまかせ……って感じになるわ。早々に手を打たないと、在来種が絶滅させられちゃって、生態系が崩れるなんて事態になりかねないし」


「必要なことですけど、すごく大変そうですね……」 

 

「うん、すごく大変。すぐに結果が出るものじゃないし、長い目で見たって、本当に誰かのためになるかもわからないことだと思うと、余計ね……」


 と漏らした花笠の肩はとても薄く、千鶴は頼れる女性一辺倒だった彼女の印象を改めました。

 

「そんなことありませんよ! 花笠さんたちのしてる地道な努力が医療技術の発展って形で人のためになるかどうかは……そのときになってからじゃないとわからないと思います、けど……。『結果的に』とか『ついで』だったとしても、調査に行った先の生きものを助けてるし、生きものや生態系を守ることは、みんなの暮らしを守ることにも繋がってるはずです」


 その傍らで、高すぎる理想を掲げた恩人に思いを馳せました。

 

「…………でも。紫水さんは、どうしてそこまでして、医療技術を発達させようとしてるんでしょう?」


「え?」


「ふたつのお仕事のお話は聞いたんです。そうなった経緯も。……だけど、よく考えてみたら、『どうしてそんな大変な思いをしてまで、人のためになることをしようとしてるのか』は聞いてなかったまだ知らないなあ、と思って……」


 花笠は、故郷へと続く川を眺める少女の声に耳を傾けます。

 

「…………千鶴さんだったら、どう?」


「え?」


「千鶴さんだったら、どんな動機があれば、頑張れると思う?」 


「わたしですか? うーん……」


 ここ数年の行動はどれも必要に駆られて起こしたもので、身の裡から湧き出す激しい衝動に駆られて起こす行動とは無縁だった千鶴は、首を傾げたまま黙り込んでしまいました。

 

「そうよね。いきなり訊かれても……って感じだと思うから、私の話をしてもいい?」


 見かねた花笠は、即座に助け舟を出します。

 

「はい。聞かせてください」

 

「…………私ね、実はの」


 川のせせらぎに交じって、彼女の口からは、予想だにしていなかった過去が明かされました。




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