人魚との出会い
第7話 川に棲むモノ
「比率を把握するって話だったけど、本当にお腹が青くなってるウグイなんているのかなあ……」
紫水や花笠の証言であればともかく、第三者の証言となると途端に信憑性に欠けたもののように思えてしまい、千鶴が小さな声で独り言ちた直後のことでした。
「……あ! 本当にいる! いたずらとか見間違いとかじゃなかったんだ……」
透明な水のなかに、腹部が青くなったウグイが泳いでいました。
「綺麗だなあ。じゃあ、普通のウグイは…………いた。こっちのほうが多そうけど、たまたまかもしれないし。……最初に見つけたの、見間違いじゃないよね?」
そのあとも彼女は二種類のウグイを探していましたが、最初の一匹以来、腹部の青い個体が見つかる気配はなく、疲労の色が濃くなってきた頃。
「ん? あそこの青いの、もしかしてウグイ?」
千鶴は、川中のほうに、鮮やかな青が揺らめいている部分を発見しました。
彼女はそれを腹部の青いウグイの群れではないかと推測しましたが、いまいるところからでは、全部で何匹いるのか数えられません。
「…………。少しなら、大丈夫だよね」
川底が見えているからと安心して、千鶴は一歩、また一歩とその青に近付きます。
「でも、比率が変わるほどじゃないなあ。わかってたけど」
幸い、視力はいいほうだったので、五歩ほど行ったところで確認は済みました。
「?」
その数を記録して引き返すつもりでいた彼女でしたが、後ろを向こうとした瞬間、背中に視線を感じ、導かれるようにもう一度、そちらを向くと――――。
「……人?」
先ほど、水面が青くなっていた部分より遠くに、人の頭が見えました。
「…………」
水面に広がって揺れている髪や顔のつくりに鑑みるに、その人は女性のようでした。
出ているのは肩から上ですが、見えているはずの合わせが見えません。
「溺れてるわけでもないよね?」
頭の位置が安定していることから、その人が川底に足をつけているものと判断し、少しだけ安心したものの、昼間から全裸で川に入っている女性というのも、それはそれで込み入った事情がありそうです。
『………………コ……ラ……、…………テ…………』
なにか話しかけるべきかと逡巡していると、鈴を転がすような声が少女の耳に届きました。
「!?」
千鶴は、どこからともなく聞こえてきた耳慣れない声の主を注意深く探しましたが、会話の可能そうな生きものといえば、水面から顔を出している謎の人物以外に見当たりませんでした。
『……ソ……カラ…………ゲ……テ…………』
一度目よりもやや明瞭になった声は、同じ警告を繰り返しているようでした。
「『そこから逃げて』って言ってるのかな? ここ、別に危なくないけど……」
膝まで浸かった千鶴がそこから動こうとしないことに業を煮やしたのか、その女性はぷいっと顔を背けて水に潜ってしまいました。
千鶴は、彼女が向こう岸に戻るところまで見届けるつもりでいましたが、女性の後頭部が見えなくなるのと入れ替わるようにして、
「…………それ、人魚じゃない?」
報告のあと、先ほど千鶴が体験した出来事について話すと、花笠はあっけらかんと言い放ちました。
「人魚って、架空の生きものじゃないんですか?」
「……一応、知ってはいるんだ? 千鶴さんの出身は山のほうだろうし、なかったことにされてるかと思ったわ」
「わたしも図書館の本で知ったくらいですし、村の人たちが話してるところも見たことないので、なかったことになってるかもしれませんけど……。正直、わたしは信じられないです。人魚が本当にいるなんて…………」
「だよね~。でも、こういう仕事してると、だんだん信じない理由がなくなってくるの。本当にいたでしょ? お腹が青くなったウグイ。そういうのと同じ。私たちが知らないだけで、この世界には私たちの他にもいろんな生きものがいる。まあ、遠くにいたのに声が聞こえた理由とかは、説明できないんだけどね!」
千鶴は曖昧に微笑みを返しましたが、耳にはまだ人魚とおぼしき女性の言葉がこびりついていました。
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