第6話 調査開始
「よろしくお願いします!」
「気合い十分ね」
「はい!」
「準備がいいわね」
矢立を取り出した千鶴を見て、花笠は彼女に一枚の紙を手渡しました。
「これ、よかったら使って。なにをするかわかってたほうがいいかと思って作ってきたんだけど、抜けも多いだろうから、遠慮しないでじゃんじゃん書き込んじゃって!」
そこには仕事の流れが簡略的に並べられ、ひとつひとつの項目のあいだには、余白もたっぷり取られていました。
「ありがとうございます」
折り畳まれた紙の端が若干揃っていないところを見るに、出発直前になって急いで用意してくれたのかもしれません。
「今日していくのは、前から伝えてあったとおり、採取の仕事なんだけど……。どうやって進めたらいいかしら。私は長い説明を聞かされたあとに一人でやらされるより、実際の流れを見ながら一緒にやったほうが頭に入るほうなんだけど、千鶴さんはどっちがいい?」
「『流れを見せてもらいながら』でお願いしたいです」
「了解。それじゃあ、本題に移りましょう。まず、今日のお目当てはウグイ。ウグイは上流のほうにも分布してるし、珍しい魚でもないから大丈夫だと思うけど、念のため確認させてね。どんな見た目してるか、わかる?」
「ウグイですね。ええと……。確か、こんなお魚でしたよね」
筆を構えた千鶴は、記憶にある一匹の魚をさらさらと描きました。
しかし、紫水には 『以前、調査したときにはいなかった魚』の採取を依頼されたはずです。
上流から河口、果ては海にまで分布しているはずの魚が、いままで手入川に存在していかったなどということがあるのでしょうか。
「そうそう、その魚! 絵もうまいんだ、千鶴さん! 詳しいことはあとで話すけど、場合によっては生きもの自体を連れて帰れないことがあるの。だけど、そういうときも千鶴さんがいれば安心ね。これからは思いっきり頼りにしちゃおうっと!」
飛び跳ねる花笠は、引き揚げられたばかりの活きのいい魚のようでした。
「わたしの絵でお役に立てそうなら、よかったです」
「……っと! ごめんなさい。私も紫水のこと、どうこう言えないみたい」
千鶴がにこにこしていると、本来の目的を思い出した花笠の頬には、仄かに赤みが差しました。
「今回の仕事の話に戻るけど、私たちが探すのは、
「あれ? ウグイって、この時期はお腹が赤くなるんだと思ってたんですけど、青くなる種類もいるんですか? 知りませんでした……!」
千鶴が見つめていると、花笠の頬からは徐々に赤みが引いていきました。
「う~ん、いい質問! 実はそこも問題でね……。突然変異種なのか外来種なのか、現時点でははっきりわかってなくて……」
「似てるけど違うお魚の可能性もあるんですね」
「そういうこと! だから、今回の採取は調査も兼ねているの。先に調査をして、次に採取に入っていく感じ」
「なるほど……。調査はどんなふうに進めていくんですか?」
千鶴は手元の紙を確認しましたが、詳細は書かれていませんでした。
「手始めに、お腹の青いウグイが突然変異種と外来種のどっちの可能性が高そうかを見極める必要があるから……。お腹が赤いウグイと青いウグイの比率を把握するところから始めましょう」
花笠は、千鶴が筆を走らせるのに合わせて、ゆっくり話します。
「見えてる範囲を一度に……なんて無理だから、適当に範囲を区切って、その中の比率を把握していくの。それを繰り返していくんだけど、とりあえず一回やってみましょうか!」
「わかりました! 手分けして探したほうがいいですよね?」
千鶴は元気よく答え、矢立をしまいました。
「ええ! 万が一のことを考えて、あんまり離れないようにはしたいけど、固まってる必要もないしね。千鶴さんはそのあたり一帯を見ておいてくれる? 大きい岩と引っ掛かってる布切れのあいだの……」
「あのごつごつした岩と布切れのあいだですね」
「そう! ちょっと広くて大変かもしれないけど、お願いします。私はあっちのほうを見てくるから。あ、大体で大丈夫だからね! 目印もつけられないから、正確な数を数えるのは難しいし。終わったら報告し合いましょう!」
花笠はてきぱきと指示を出したあと、千鶴をその場に残して立ち去りました。
彼女を見つめる何者かが潜んでいることも知らずに――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます