第10話 歌声


「……いや、そっちの若いのの言うとおりさ。二度とその奇妙な現象が起こらないとも限らないだろう? 現にそれきりではなかったんだよ。そのあとも同じことが何度も何度も繰り返された……」


 険悪になってしまった雰囲気をものともせずに、老婆は語り続けます。


「じゃあ、いつまた起きたっておかしくないわけか…………」


 ずっと黙っていた村人が神妙な面持ちで呟きました。


「ああ、そうなるね。最後にその事件が起きたのは、わしの生まれる前だって話だけどねえ。こんな情報じゃ、安心材料にもなりゃしないだろう」


「『人を操る不気味な歌声』、か」


「不気味? …………ああ。人を動かすだけじゃなく、人間離れした力を出させちまうってんだから、確かに不気味ではあるねえ。……でもね、声を聞いた者たちはみいんな、極楽浄土にでもいるような顔をしてたそうだよ」


「なにそれ。怖……」


 もたらされた新たな情報に、人々は首を傾げました。

 

「それだけ綺麗な声ってことか? まあ、そりゃそうか。だから、『言うことを聞きたくなる』とか『逆らう気がなくなる』ってことなのかもしれない……。それなら、僕も聞いてみたいな」


「ちょっと、縁起でもないこと言わないでちょうだい。あたし、あんたがいなくなるなんて嫌だ…………」


「悪かった。もう二度と言わないから……な?」


「…………歌声が美しいかどうかは置いておいて。聞こえる人と聞こえない人がいるんでしょう? そんなもの、どうやって防げっていうんですか……?」


 一組の夫婦を横目に、人々の顔はますます曇っていきます。


「……『繰り返される』ってのは、なにも悪いことだけじゃあないのさ。回数を重ねるだけ、法則や条件の絞り込みがしやすくなるからねえ。そういうのも多少はわかってたほうが、対策だって取りやすいだろ」


「てめえ、さっきから黙って聞いてりゃ……! いなくなった人たちをなんだと思ってやがる!」


 正義感の強い若者が立ち上がり、老婆に食ってかかります。


「おやめなさい。……彼女をよくご覧なさいな。平気そうに見えますか? それに、そんなことをしたって、なんの解決にもなりませんよ」


「…………悪かった」


 諭された若者は、俯いたまま、ぼそぼそと謝罪の言葉を述べました。


「何度目かの失踪のときに、歌声が聞こえるのは『十七歳以上』と『未婚』のふたつの条件を満たす者だけだと気付いた者がいた……とか言ってたかね。あんたたちにはたいした情報じゃないかもしれないが、それがわかっただけでも大きな一歩だったのさ……。当時の人たちにとってはねえ」


 老婆は、どことなく哀愁漂う微笑を浮かべました。


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