第8話 伝承


「確かに」


 若者たちもその親世代の村人たちも、声を上げた若者と一緒に疑問符を浮かべます。


「……なんじゃ。あんたら、知らんかったんか」


 意外そうに目を丸くしたのは、村でも一、二を争う長寿の老婆でした。


「知りませんよ!」


 と即答したのは、年配の女性です。


 彼女は村の生き字引と呼ばれており、村人たちから一目置かれる存在でした。


「私も知らなかった。……他に知ってた人は?」


「僕も知りませんでした。小さい頃から『この村にいたいなら、十七までには結婚しなさいよ』とは言い聞かされてたけど、理由なんていちいち気にしたことなかったなあ」


「だよな! うるさいとしか思わないだろ、普通。十七にもなりゃ、村を出たってやってけるしな。焦って結婚することねえって」


 疑問を呈した若者の言葉が引き金となって、先ほどまで様子を窺うだけだった村人たちも、次々と発言者として話し合いに参加し始めます。


 当然、掟を知らない者はいませんでしたが、掟の成立した経緯や守られてきた理由を知る者は、この場で老婆ただ一人でした。


「ありゃあ。いまじゃ知らないモンがほとんどみたいだねえ。それじゃあ、話そうか。なあに、そんなに長い話じゃあない。具体的な年代はもう残っちゃいないがね、昔々のことだ…………」


 目を丸くした老婆は、掟成立のきっかけとなった伝承について語り始めました。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あるとき、この村で集団失踪事件が起きた。


 いなくなった人は、失踪の直前に「歌声が聞こえる」と言い残しているが、一緒に居合わせた人々には、風の音ひとつ聞こえなかった。


 歌声が聞こえると言った者たちはみな、誘われるように東の方角を目指していき、一定の間隔で列をなす人々が異様な光景を作り出していた。

 

 歌声の聞こえない者たちは、一丸となって彼らの正気を取り戻そうと奮闘したが、およそ人間とは思えぬほどの怪力で振り払われてしまった。


 そして、彼らは村の東端を流れる青龍川に到着するやいなや、一切の躊躇なく飛び込み、激流をものともせずにさっさと泳いで向こう岸まで行ってしまい、二度と戻ってくることはなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 



 古典的な定型句で始められた話は、おおよそこのような内容でした。

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