第7話 疑問


 千鶴の努力を嘲笑うかのように時は過ぎ、とうとう十七歳の誕生日まで数日となったある日のこと。


 掟に関しては非常に厳格な村人たちでしたが、彼らとて鬼ではありません。


 『千鶴のことは特例として、これまでどおりここで暮らしてもいいのではないか』という匿名の投書が複数寄せられたため、急遽、寄合が開かれました。


「あの子は何も悪いことしてねえだろう。追い出す必要があるか?」


 最後の参加者が到着し、まず初めに口を開いたのは、千鶴の近所に住む木こりでした。


「……そうは言うけどさ。それじゃあ、いままでなんのためにみんなが掟を厳守してきたっていうんだい」


「そうだ。不公平だろうが! 儂の娘だって追い出されてるんだぞ!」


 もうなにも考えなくないとばかりに肘をついた商人に同調したのは、婚姻を結ぶ寸前に恋人を亡くした娘を持つ村人です。


 彼の娘は、『亡くなった恋人以外の人と結婚するくらいなら……』と自ら村を出ていきました。


 厳密には追い出されたわけではありませんが、彼にとっては掟に愛娘を奪われたようなものです。


 彼と同様に、掟を守れなかったために村で暮らせなくなってしまった者を身内に持つ人は他にもいました。

 

 木こりの言い分は尤もですが、ここに集められたのは、成人を迎えており、生まれたときからずっとこの村に暮らす者たち――――誰もが掟に縛られた人々です。


 特例を認めてやりたい気持ちは嘘ではないにせよ、個人的な事情から受け入れ難い気持ちが上回る者も少なくはありませんでした。


「爺さんちの子は……いや、他の追放者たちも気の毒だったよ。けどなあ……。中身はともかく、見た目はまだ幼い千鶴ちゃんひとり無責任にほっぽり出して、みんなは平気でいられるんか?」


 木こりの男はみなの良心へ問いかけます。


 子どものいない彼は、彼の妻ともども千鶴を我が子のようにかわいがっていました。


「それは…………。まあ、そうだね……。さすがに厳しいかな……」


「近頃は物騒だものねえ……」


 あちこちで千鶴の処断を躊躇う声が上がりました。


 しかし、いつまでもこの調子では、話し合いの意味がありません。


「…………というか、そもそもなんでうちの村にはあんな変な掟があるんだよ? 他じゃ聞かないぜ、『十七になるまでに結婚しねえと追い出します』とか。ふざけてんのか?」


 どうしたものかと一同が頭を抱えていたところへ、一人の若者がかねてからの疑問を口にしました。


 彼は近隣の村々村の外に知り合いが多く、自分の生まれた村の特異性および異常性に早い段階で気付いていたのです。


 しかし、それを村内の友人に話しても、示し合わせたように考えすぎだと一蹴されてきたので、だんだんと自分の意見を胸に秘める癖がついていきました。


 そんな彼が長年の疑問を素直に口にしたのは、いつ以来のことだったでしょうか。

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