第4話 図書館


 平日、千鶴は学校が終わると村の図書館へ急ぎます。


 村人たちの集う公民館に併設された図書館には、この地方の過去の新聞や様々な分野の書物が保管されていました。


 ここに所蔵されている書物は誰でも自由に閲覧できましたが、利用者は決して多いとは言えず、毎日のようにここを訪れるのは千鶴ひとりだけ。


 しかし、彼女にとってはそれもかえって好都合でした。


 


「…………その足音は、千鶴だな」


 図書館へ入ってすぐの貸出・返却口から、渋い声が彼女を出迎えます。


「そうです! 管理人さん、こんにちは」


「こんにちは」


 千鶴が来館するとき、必ずといっていいほどそこにいる彼は、不思議な道具を顔につけていました。


 『顔につけて……』というよりは、『両目の前に色つきの板の嵌まったなにかがくるようになっており、その板がずれないように鼻と両耳に渡した棒で支えている』といった具合でしょうか。


 どうしても気になった千鶴がある日の帰りがけに尋ねてみたところ、その道具は眼鏡といって、視力の補助をするものなのだと彼は説明してくれました。


 また、彼の目は眩しい光に極端に弱いようで、板に色をつけているのは入ってくる光の量を調整するためだということも合わせて教えてくれました。


 村人たちがその出で立ちを『面妖だ』としていたのも、図書館に人が寄り付かない理由のうちに数えられるかもしれません。


「今日も勉強しに来たのか?」 


「はい! いつもすみません」


 千鶴は彼にここを訪れる目的を『勉強するため』だと伝えていました。


「気にするな。ここは万人に広く開かれている。開館中であれば利用者には好きなだけ居座る権利があるし、も人それぞれだ。街の図書館と比べれば見劣りするだろうが、それでもここは様々な分野の叡智が集まる場所だ。が見つかればいいが…………」


 千鶴は、この管理人が好きでした。


 恋愛感情を抱いているのではありません。

 

 彼の眼鏡の話がいい例ですが、あれこれ邪推してはあることないこと噂する村人が多い中、触れられたくないことに必要以上に触れてこようとしない彼は、信頼の置ける数少ない存在でした。


 『色眼鏡を掛けた彼だけが色眼鏡で見てこない』……というのも、なんとも皮肉な話ではありましたが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る