筆跡の先をなぞる旅

臆病虚弱

筆跡の先をなぞる旅

絵を倣うとき はじめはその絵をつくる形をなぞる

絵を習うとき つづけてその絵の筆跡をなぞる

絵を学ぶとき ようやくその絵の意図を知る


形は枠に過ぎない

だが形の中に筆跡は映る

筆跡は所作に過ぎない

だが所作の中に意図が映る

意図は過去に過ぎない

だが人は過去を知り、その先を知る


先ずは倣うよりほかない

形をただ手で写す

完璧を求めて


そして気付く

形を生み出す筆の動きと肉体の動きを


されば習うようになる

形を映す躍動を

完璧を求めて


そして気付く

動きを生み出す意図とその哲学を


そして学ぶようになる

動きを作る思索を

完璧を求めて


そして気付く

知り得ぬことを


そして気付く

足らないことを


知り得ない

他者のことなど知り得るわけもない

足り得ない

過去のものなど完璧なわけがない


あれがない

これがない

こうしたい

こうありたい



そうして、わたしの旅が始まった

筆跡をなぞる旅から

筆跡の先をなぞる旅へと


筆跡の先は晴れていた

そこには無限の荒野が続き

一見してオアシスはなかった

水源を引き出す仕事が始まる


水は地下に埋まっている

何処にあるかは知らない

わたしは筆跡の先をなぞりつつ、土を掘り水を探した

湿った地面が延々と続いた


土を掘ることは筆跡の先に続いていた

掘る旅に滴る汗と痛む筋肉は苦痛と喜びに満ちていた

地下の水は続々と見つかり、直ぐに枯れた

それが心地よかった


他の筆跡をなぞりながらその先を今までの道と交差させ

私は他の水を探して土を掘った

賢しくなった私は掘る以前から水の場所を察知できた

だが、土を掘ればそう巧くはいかない

それが何よりも面白く、苦しく、素晴らしかった

知らぬ筆跡を見つけた

見知らぬ水源を見た

見知らぬ鉱物を見つけた

どれだけ掘ろうと土の下は察知したものとは異なっていた

察知した水の色は思っていたよりも鮮やかだった

思っていたよりも冷たかった


私ははじめ、完璧を欲し 水を求め 場所を察知して掘った

だがそれはそれだけではなかった

筆跡をなぞる旅の先にある

新しい旅だった


それに気づいたのはごく最近

他の人の筆跡をなぞる旅の中で


どこまで行こうとも私たちは筆跡をなぞる旅の渦中

いつかどっかの人の筆跡をなぞっている

それを偽ることも要る

それを憚ることもある

それもまた

いつかどっかの人の辿った

いつかかどっかの人の筆跡

いつかの人の筆跡の先

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筆跡の先をなぞる旅 臆病虚弱 @okubyoukyojaku

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