ライフ トゥデイ

釣ール

裏側の縁

 思い出フィルターか。

 そんなもので己を守れって語れる過去がある人間は幸せ者だ。


 だからどうしたとしかヒイヤは思わない。

 家庭環境は閉鎖的で一見羨ましがられる程度には光ってるフリで成り立っていた生活だったがそんなもの長続きせず、ヒイヤは関西地方から上京した。


「また自分の中の幸福度優先言うてたぶらかしたか?」


 キツトは商材?か何かを買わせて頭の弱い人間から搾取し続け十代前半で人生感覚がおかしくなった時の人だった。


「そっちもまた海へ出向いて勝てない喧嘩に挑んでいたらしいじゃないか。

 ヒイヤよりはましさ。

 やっぱ金よりも大事なものがあるじゃない?

 俺はそれを目指しただけだよ。」


 わざと薄っぺらいことばっか言って見下してやがる。

 キツトは上京した時に知り合った。

 その時は高校二年生だった。

 本人の話では。


 秘密が多くて柄の悪い金稼ぎが好きな自称幸せ者キツトは金払いが良くて、 ヒイヤより一つ歳上なのに気に入っているのか旅で得たスキルで様々な場所で奢ってくれた。


 ヒイヤも喧嘩に明け暮れているというか、それしかなかった。

 関西のストリートでは最弱でも投げ銭はもらえたし小規模な遊びも出来て並みの学生よりはマシだと思っていた。


 だがヒイヤが上京する前に忘れられない光景があった。


 いつものように負けながらも戦っていたら一人の陰キャラが輩にたかられながら必死で貴重品を奪われないように身を守っていた。

 ヒイヤは助けたりしない。

 ただその様子を黙って見ていた。


 うまく逃げることができた陰キャラは四人ぐらいの似た友達か誰かとカラオケ店に入っていった。


 俺ならもっと悔しくて返り討ちを狙うのに!

 なぜ何事もなかったかのように誰かと楽しむことが出来るんだ?

 むしろそっちの方が楽しそうだ。


「なんやったんや。

 俺の人生は。」


 懐かしい。

 知らなくてよかったことを知って人生は多種多様だと知ったことがショックだった。

 あんな光景が幸せそうに見えるほど自分のストリート人生は罪悪感とどうしてこうなったが入り混じっていたなんて気付きもしなかった。


「二度と戻るかこんなところ。」


 だがそれでサブカルにはまれるほどの気力はなかった。

 そんな時、金欠で死にそうになった所をキツトが助けてくれた。

 どうやらキツトがカツアゲされそうなところをいつのまにかヒイヤが助けていたらしい。


「弱い奴に助けられるなんて。

 ありがとう。

 こういう時に金はいるんだなあ。」


 ふっ。

 キツトの性格の悪さは素行が悪いヒイヤと相性が良かった。


「弱くても戦うことに意義があるんやなと思って生きてきた。

 まだ十八。

 十八は若いかも知れへんけど例えば四歳から水泳やって同じ十八なのと、十歳から水泳やって十八やと差が歴然やろ?

 何歳からでもやり直せるとは信じてはおるんやけど小五から喧嘩して弱かった俺は十六でも弱いままやった。

 それでも俺は別に殴りたくて生きてるわけやない。

 理不尽って概念を探してぶん殴りたいねん。」


 キツトは舌が回ってきたヒイヤの話を面白そうに聞いている。


「無い物は当たれない。

 それくらいは学んだ方がいいと思う。

 だから幸福度が満たされてない。

 誰かがカラオケに行ったって事実だけを拡大解釈して幸せそうに見えたってだけなのに。

 ヒイヤじゃなかったらここで自伝を買わせるつもりだったけれどやめておくよ。

 君は関西地方では最弱なだけでここでは結構強いから。」


「なんや?

 そこははっきり関東最強って言うてみ?」


「日本最強を目指しなよ。」


 同世代でお互い経験したことがない話が多いからか話がはずんでしまう。


 多数派の奴らは俺たちをはみ出し者だの日本が乱れるだの必要悪だの色々と否定してくるだろう。


 わかりゃしねえさ。

 わからせもしない。


 そうでもしなきゃ、生きてられないのに。


「ぐぅ。」


 あっ、そうだった。

 ヤバイのがいた。


 二人は別のテーブルで綺麗な黒髪と細いがしっかりと筋肉がついた同年代くらいの男性に恐怖をあらわす。



 ショウキ。

 雨の日だった。

 昔ショウキは路地裏で倒れていた。

 ヒイヤが彼を起こした時に顔は綺麗で血も付いておらず、側に瀕死の人間が二人倒れていた。

 別の人間が警察を呼んだ時にヒイヤが気絶しているショウキを運んで関わりたがらないキツトに頼んで起きたショウキに飯を食べさせた。


「今は都会の連中の方が優しいか。

 ありがとう。」


 服を汚したくなかったのか、半裸で大量の飯を食っていた。

 ヒイヤなら分かる。

 あのショウキが見せた筋肉はプロ格闘家のそれだ。


 小遣い稼ぎであるイベントでマジモンの格闘家と戦わされた時に手加減されたとはいえトラウマになる遊ばれ方で負けたことを思い出した。


 同じ世代とは思えない細くて実用性のある本物の身体。

 そして反撃を食らわず二人を半殺しにした強さ。


 ただ飯を平らげた時に見せた表情は目も笑っていてちょっとだけ上京前を思い出していた。

 関わりたくはないがショウキは本来サブカル世界の住人なのかもしれない。


 店を出る時に笑顔で名前を教えてくれたのはいいものの、絡みづらくここにきては瞑想ポーズで眠って過ごすだけだった。


 さっさと二人で出よう。

 彼なら一人でも大丈夫だから。


 そう思って扉を開けると何やら冷たい風が通り抜けたような感触があった。


 ここ…ここ…

 に…い…る…


「だれや!」


 おどろく…

 おましろい…


 ふふふふふふふふふふふふふ!


 バキュームのように周囲の風を吸い込んで光となって卵が出現し、破れた所から腕や足が出てきて生き物となった。



「目立たないところで醜い食物連鎖の頂点にいる人間共を食おうと思ったけれど産まれるところを見られちゃったねえ。」


 人間サイズの白い生き物がヒイヤとキツトの前に立ちはだかる。


 殺気が伝わってきた。

 キツトも旅で経験したのか危機感があるらしい。

 でも動けない!

 だが抵抗しないと殺される!


「キツト逃げろ!こいつは俺が倒したる!」


 イベントで新しく鍛えた技で白い生き物へ攻撃をするヒイヤ。


 だがあっという間にアゴを殴られ後方へ吹っ飛ばされる。


「ガハッ!

 な、なんやこいつ!」


「可愛い人間だ。

 自分よりも敵わないとわかっていてすぐそばにいる人間を守ろうと戦う。

 醜くも素晴らしいエゴイズムだよ。」


 適当な言葉を産まれながらしってるやないか!

 ヒイヤは血の混ざった唾を吐いて怯えないように白い生き物の目を見続ける。


 イベントで転がされた時と一緒だった。

 いつでも自分を殺せる!


 キツト!早く逃げろ!

 卑怯者のキツトのことだ。

 うまく逃げたはずだ。

 そこは信頼している。


 時間を稼がないと。

 ヒイヤは上半身の服を脱いで叫んだ。

 虚勢でアドレナリンを出せばしのげる。

 ヒイヤなりに思考を巡らせていると


「あんたも結構戦い好きなのか。」


 もっとやばそうな奴がきおった。

 ショウキ!

 自分よりも磨かれた肉体美を見せつけるように彼も半裸となって加勢してきた。


「まさかこんな所にも現るとはな。

 おい。

 この紙を身体に貼れ!

 あれは生き物じゃない。

 いやある意味新種だ。

 霊媒か悪魔払いを始めるぞ!」


 そこでおう!とはならんやろがい!

 ってあいつあっさり倒せるのか?

 ショウキよ。

 お前一体何者なん?


 上裸な二人は白い生き物へ数の暴力で殴っては蹴る。


 人間相手でも動物とか植物でもないし、物にあたっているわけでもない完全な正当防衛ということをいいことに白い生き物を叩きのめした。


「ぐううう。

 これは…まさかまだいたのか!

 霊媒格闘者が…。」


 あっけなく白い生き物を倒すことができた。

 いや、この場合は払うが正しいか。


「雑魚め!俺たちの底力はハンパやないで!」


 調子にのるヒイヤを前にしても後片付けをする上裸のショウキがシュールだった。


「一食一飯の恩は返した。

 あんたの強さもみれたしな。」


「ショウキが何者か知らへんけど助かった。

 強さに関してはそっちが日本最強や。

 自信もってーや。」


「競技の世界はそんな甘くなかった。

 でもそういってもらえて悪い気はしない。」


 いちいち陰があるねえ。

 話しづらいけれどマイペースなショウキらしい。


 キツトは平然と戻ってきた。

 表にできない治療班を連れて。


「なんだもう終わったの?

 凄いねえ。」


 知らない人間に手を差し伸べてまで幸福度を求めるキツトのエゴはこれからも裏側の縁を広めるだろう。


 慣れているのかショウキはキツトにも握手を求めた。

 断られたら一礼して離れようとする。


「ショウキ。

 あんた、俺達の名前聞いてなかったやろ?」


「そういえばそうか。

 けど怖がってたじゃないか。」


「悪かった。

 けどこれからは三人でこの現実を生きてみないか?」


 キツトも満更でもなさそうだ。

 多分ショウキを利用する目的で。


「友人がいないわけじゃないがお前たちみたいな人と過ごすのも悪くない。

 また助ける。」


「そん時は俺が恩を倍返ししたるで。」


 ショウキは初めて二人に笑顔を見せる。

 何があったのかは知らんけれど、アウトローっぽい俺たちに強力な味方ができた。


 紙についてこうして受け継がれてるってことは白い生き物にまた襲われるかもしれない。


 その時は吹っ飛ばされたお礼参りをしてやる。

 ヒイヤは悔しさを糧にすることに決めた。

 三人で!

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