第3話 僕の夢

 ついに進路希望調査書が配られた。時期は冬休みも終わった2月。最後の定期テスト前だ。中学の時は特に決めていなくても内申点でいい感じのこの高校に入学出来たが、大学はそうとは行かない。大学に普通科なんてものはないし、しっかりとどの分野、学問を学びたいかを決めなければ進学は出来ない。中学の時は2年の中盤くらいからそろそろ決めようとなったが、高校ではそうとは行かず、こないだまで未定としていた。でも今回はしっかりと大体の進路を決めていなければいけない。

 僕は一応理系だ。特に国語が苦手なわけでも、数学、科学が苦手なわけでもないが、理系のほうが文転することもできるから選択肢が広がると思ったからだ。

本当に夢って、目標ってなんだろう。僕にしか答えの出せない、答えのない問題が僕を混乱させる。僕は大きなため息を吐いた。冬本番の澄み切った空に大きな白い息が消えていった。



「進路希望調査、二人とも何にした?」

「俺はもちろん華宮大学獣医学部だよ。あそこ以外にありえないもん。」

昴はやっぱり獣医学部を目指しているらしい。

「俺はどっかでスポーツドクターかトレーナーになりたいかな。先輩が怪我してこないだの大会出れなかったって言ってたろ。そっち系もいいかなって。」

大和も意外としっかり決めていた。大和の成績ならどこへでも行けそうだ。

僕は次第に焦ってきた。

「そっか…僕はまだ決めれてないな…」

「大丈夫だって、未来は僕よりは頭がいいし何にでもなれるよ。僕は高みを目指しすぎかもしれないけど…」

「お前、決めたことは最後までやる。初志貫徹だろ。」

大和と昴はやっぱり最高の親友だ。でも僕の心のモヤモヤはまだ消えない。



 電車の中ではちょうど春節の時期なので、中国人の観光客で溢れかえっていた。

どこもかしこも中国語やら英語やら、なにかわからない言葉が飛び交っている。進路希望調査書の提出期限は来週の金曜日まで。今日は月曜日なのであまり時間はない。家に帰ってから大学検索をしてみてもあまりめぼしい大学は見当たらなかった。出てくるのは近くの華宮大学などで、特に新しい発見があるわけでもなかった。

「お母さん。進路希望なんだけどどうしよう。」

「あなたの好きなところでいいわよ。」

「でも、特に夢なんてないし…」

「時音お姉ちゃんは教育学部だしねぇ」

僕には時音という4つ上の姉がいる。お姉ちゃんはそこそこ有名な県外の大学の教育学部で小学校の先生になろうとしている。教科は国語だ。今は一人暮らしをしていて家には居ない。お姉ちゃんは中学校のときくらい(僕がまだ小学生の頃)から小学校の先生になりたいと夢を持っていたらしく、着実に夢へのレッドカーペットを歩いている。話は脱線するけど僕はこの難しい?お年頃にしては親とよく話す方だ。大和なんか

「お袋何かと話すことなんてねぇよ」

なんて豪語していたが僕にはそれは出来ない。というかする必要がない。しっかりと話すことは別に悪いことではないと思うのに…

ここで話を戻そう。僕の悩みはそんな簡単なものではなく本当に困ったものだ。本当に…



朝の電車はまたキャリーケースを持った観光客でいっぱいだった。朝の通勤電車も混んでいるというのに大きな荷物を持っていたら余計に狭くなる。僕はいつもより押されながら電車の中でおしくらまんじゅうでもするかのように突っ立っている。初めの方の3駅くらいはまだ余裕だったが、途中に大きな駅があり、そこでは沢山の人が乗ってきた。これでもかというほどまでに人が詰められ、電車のドアは閉まりそうにない。

「まもなく発車します。車内のお客様はもう一歩中へお詰めください。」

と駅員さんも言っているがなかなか厳しい。内側もぎゅうぎゅうなのだ。

それでもサラリーマンのおじさんたちはこの電車の中に乗りたいらしく押し込んでくる。

「次の電車は5分後に到着する予定です。次の電車をご利用ください。」

だんだん車掌さんもキレてくる。

「まもなく電車発車します。ドア閉まります!!!!」

そりゃ車掌さんも人間だ。定刻通りに行かない、言うことを聞いてくれないのはやっぱり疲れるらしい。なんとか押し込まれた車内は本当に息苦しくてやっと降りる駅についたときにはほぼ倒れ込むようにしてホームに出た。まったく人の流れ、密度というのは本当に恐ろしい。

今日もやっと無事に学校に着く。そのままいつもと変わらない授業を受け、相変わらず大和はリンカン(先生)に怒られ…そうこうしているうちにあっという間に放課後になってしまった。最近はあまりシュートが入らない。特にいちばん大事なフリースローが壊滅的だ。やっぱり悩んでいるからか。それでもいつもと同じように部活も終わってしまい、何も考えることが出来なかった。




「大丈夫か?未来。今度はお前が変だぞ。」

「ちょっとね。進路が決まらなくて…」

「そんなことか。なんかもっと大変なことがあったのかと思った。」

翌日同じように登校してくると今日も早い大和が訪ねてきた。(といっても席はとても近い。)

「悩んでることがあったらいつでも俺に… といってもそれは俺には解決できないわ。 まあお前のことだから何でも大丈夫だ。」

「でも、流石に今回も未定って書くのはダメ出しな… 鬼瓦先生に前『今年の一年生は自分の進路が決まっている人と決まっていない人に極端に別れています。進路が決まっている人はもっと具体的に、決まっていない人は学びたい学科くらいは決めておきましょう。』なんていわてたからな… なんか書かないとなんか言われそう。」

「あの鬼先生に小言言われたかねぇもんな。適当になんか…って言っても無理だな。」

大和は困ったように苦笑した。その気遣ってくれる心が僕にはとてもありがたい。

「ありがとう。」

「まあ俺は何もしてないからな。」

「なあ。」

「あ?」

「夢ってなんだろうな。」

「そりゃあ、こうしたいとかこうなりたいとかそういう…なんていうか想いみたいなものじゃないかな?」

「『夢』って調べてみたら『寝ているときに見る・叶いそうもないこと・希望』なんて出てきたんだよね。どう思う。夢って本当に叶うのかな。」

「たしかにな。夢って反実仮想だもんな。」

「ここで英語を出してこないでよ。本当に苦手なんだから。」

「ごめんごめん。でもかなわないことに対して『夢』っていうよな。 まあ俺の場合は夢を目標に変えるけどな。」

大和は力強くそういった。

「まあ『夢』と今悩んでる進路がどう結びつくかわかんないけど別に今決めなくてもいいんじゃね?」

「そうかな。」

「まあ『夢』っていつからでも作れるし、今はなんでもいいから適当に、テキトーの方じゃなくて本当の意味の方な。 まあ決めとけばいいんじゃね。」

「そうだね。」



と言われてもやりたいことは簡単に見つかることじゃない。かといっても見つけなければ話にならない。

「将来になりたい職業か…」

ぼくは帰りの電車の中でぽつんとつぶやいた。

今の世界は本当に不安定だ。AIに仕事が奪われるかもしれないし、どこで紛争が起きてもおかしくはないし、地球温暖化などの異常気象でいつどんな自然災害が起こるかもわからないし…考えていたらキリがない。

『夢』『目標』…そんな漠然とした抽象的な物事を今の僕に決めさせるのは酷だと思う。

「夢ってなんだろう。自分は何をしたいのかな…」

儚い想いが少し曇っている空に散っていく。



「お姉ちゃんが帰ってくる!?」

「そうよ、昨日の夜に急に返ってくるなんて言い出して…なんか借りているアパートの天井がこないだの大雪で潰れたらしくて…大学も休めてラッキーなんてウキウキしながら電話をかけてきたわよ。まったく久々に会えるのは嬉しいけどなんかねぇ。」

「それは災難だったね…」

休みになってはしゃいでいる姉が目に浮かぶ。

そしてそのまま一日がいつものように過ぎていく。結局水曜日になっても全く進路調査書には手を付けられなかった。


「お姉ちゃん。」

「おっどうした? かわいい弟がお姉ちゃんに質問か? 何でも答えてしんぜよう。」

こういうときに限ってなんか偉そうにする。正直なんか嫌だ。

「進路どうしたらいいと思う?」

「そんなの未来がやりたいことにすればいいじゃない。」

「いやそれがないから困ってるのさ。」

「じゃあ適当に理系の学部を選んじゃいなよ。」

「いや。だからしっかりと決めなきゃいけないんだって!」

思わず大きな声を出してしまった。

「何回も何回も何回もみんなにそう言われるよ、 でもやりたいことなんて簡単に見つかるものじゃないんだよ。 やっぱりお姉ちゃんでもわからないか。だってしっかりと夢があるもんね。」

「夢って言っても…私中学校の時の友達が一緒に学校の先生にならない?って言われたからちょっと一緒に目指しただけだよ。 そしたら自分も学校に先生になるのもいいかなって思ってきただけ。そんな世界を良くするために…とか人々の平和を守るために…とか言った大層なことじゃないよ。流れというかノリ?でなった感じ。未来もなんかちょっとでも面白そうだな、とか、友達が〜してたからみたいなことでいいんだって。」

「そうかな。でも『夢』ってもっと大切なことじゃないの?」

「ふん、今年二十歳になった私が思うに、『夢』って大切だけどそんな重く捉えなくていいと思うよ。だって『夢』に縛られていたら何も出来ないじゃん。『夢』はその時なんとな〜くこうなりたいな〜とか思ったことでいいんだよ。ね、未来。あなたなら何でもできる。なんでもできるからこそ、別に適当な夢でいいんだよ。『夢』なんかいつでも変えれるんだから。」

やっぱり国語の先生になろうとしているだけあっていいことを言う。ぼくは何故か感動してしまった。

「そうだね、ありがとう。お姉ちゃん。」



僕は一人で心に『夢がない』という想い、悩みを隠してきていた。でも僕は気づいた。『夢』について考えれるのは幸せなことだって。そうして僕は進路希望調査書にこう書いた。「華宮大学、教育学部」



学校の先生ってすごい。お姉ちゃんは半人前でまだ少し違うけど、なんだかんだ言ってリンカン(先生)や鬼瓦先生はいつもよく(特に大和を)見てくれている。

なんかあとから取ってつけたような理由だけど…目標の適当だけど…でも一番身近にいる存在だと思った。

翌日

「大和、昴、僕こうしたよ。」

「あ〜いいんじゃない? なんかお前らしいっていうか…」

「未来のお姉さんも教育学部だったよね。兄弟揃って教育学部か。」

「僕まだ本当の『夢』はなにか決まっていないけど。でもなんかすぐに頭に思い浮かんできたのがそれだったから…でもいいよね。まだいつだって決めれるし。そんなに焦んなくても。」

「そうだな。俺だって、スポーツドクターとどっちになろうかまだ悩んでとりあえず目標は高くってことで医学部にしてみただけだもん。」

「お前は例外だ。一生懸命になっている俺の身にもなってくれ…」



僕たちの夢はまだ変わるかもしれない。未完成だ。でも世界がどんなになっても、夢がなくても…確信はないけど 何かしらは見つけることができるはずだ。

僕らの夢はまだ始まったばかりだ。

窓から外を見れば青く澄んだ2月の空がどこまでも広がっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕たちの夢 功琉偉 つばさ @Wing961

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ