第2話 夢の先の現実



 少しの間走っていると、既にゴールが目の前に見えてきたため、近道のルートだったのだろうと口角を上げる。

 そして、念の為誰もいない事を確認し、息を切らしながらゴールした。

 ゴール場所は古い屋敷のようで、縁側から畳が見える。



「おめでとうございます!あなた様が一番でございます!」



 泣き笑いの男性は、またしても突然現れ、割り箸の入った箱をこちらに向けてくる。

 おそらく、これがくじなのだろうと思い、ワタシは迷わずくじを引く。

 割り箸のくじであるなら、結果はすぐに分かるだろうと思ったが、なぜか結果は分からず、次々とゴールして来る人達も、くじを引いて縁側から中へと入って行った。

 誰ひとりとして喋らず、ワタシも喋れない。

 そしてワタシの隣に並んで行く人達は、少し顔色の悪い人もいれば、不思議そうに他の人につられて並んで行く人もいた。



(なんだ?隣のおじさん、顔色が悪いな。大丈夫か?)



「さあ、皆様揃いましたね!では、最初の方から順にくじの結果を表示しますので、ハッキリとマルかバツか伝えてください」



 泣き笑いの男性は、面の下でニヤリと笑ったような気がしたが、ワタシは自分の割り箸に目を向けると、結果が浮き出てきた。

 それは……マル。

 赤色のマルは、どこか不気味で血の匂いがしたような気がしたが、ワタシは声が出るかなど気にする事もなく、迷わず「マル!」と答えた。

 が、その時だった……突然、他の参加者達に取り押さえられ、ワタシは大の字で畳に張り付け状態になる。

 何が起こったのか分からず、理解が追いつかないまま、ギギギッと何かを引きずるような嫌な音が聞こえ始めた。



「ッ!ンーッ!ゥンーッ!」



 声が出るようになっても、口を押さえられては声も出ず、恐ろしいモノが目の前に現れる。

 泣き笑いの男性が、大きなノコギリを持っていたのだ。



「さあ、初めてのお客様です。まずは足首から――」



「ンンーッ!」



 話し終わる前に嫌な音が聞こえ、激痛が走る。

 だが、夢の中では気を失う事もできず、狂った状況の中、早く殺してくれと願った。

 しかし、少しずつ痛みを与えられ、自分の体が切り離されていく感覚が妙にリアルで、最後に漸く死ねると思って心臓を貫かれる瞬間、夢から目覚めた。



「うわあぁあああッ!」



 大声で目覚めたのにも関わらず、家にいるであろう家族は無反応で、眠る前と同じ夜に安心し、また怖い夢を見たのかと思うだけで、再び眠りについた。



 だがしかし、またしてもスタート地点にワタシはいたのだ。

 その瞬間、またゲームが始まると思ってしまい、周囲を見渡すと、なんと全く同じ人達が参加しているのだ。

 それも、次は全員が状況を知っている様子で顔色が悪く、逃げ出したくても体が動かず、逃げ出せないのだと分かった。



「お集まりの皆様、ようこそお越しくださいました――」



 またしても、同じ泣き笑いの男性である。

 彼は心底楽しそうにゲーム説明をした。

 だが、もう説明も聞いている余裕のないワタシ達は、まずは道を選んでスタート位置に着く。

 誰一人として争う事のない状況は不気味ではあるものの、結局くじで結果は決まるのだと分かっているからこそ、誰も争わずゴールを目指す。



 ゴールというものが、こんなにも嫌だと思った事はない。

 スタートがあればゴールがあり、ゴールがあればまたスタートもあるのだと、人生を運で歩んでいるような、不思議な気分になる。



 ワタシは今まで、現実で嫌な事があれば現実逃避をしてきた。

 だが、夢では逃避する事も許されず、体も勝手に動いてしまうのだ。

 もう、誰かを犠牲にしなければ、逃げ道などない。

 そう思いながら、憂鬱な気分でゴールをし、くじを引く。

 そして再び、恐怖の時間が訪れるのだ。



 今回、後ろから二番であったワタシは、緊張気味の「バツ」という声を聞きながら、恐怖で震える手を押さえて自分の番を待つ。



 バツ、バツ、バツ、ときて、残るはワタシと隣の女の子だ。

 ワタシは震える割り箸を見る。

 そこには、血が固まったような、赤黒い色でバツと書かれていた。

 そこで、ワタシは回避したと思い「バツ」と答える。

 正直、嬉しかったのだ。

 だが、その喜びはすぐに消え、勝手に動く体は隣で泣き叫ぶ女の子を取り押さえる。

 他の参加者も、泣きながら目を瞑り、女の子を取り押さえ、再びあの嫌な音が聞こえる。

 更に今回は女の子の「ンイッィイイッ!」といった、なんとも言えない叫びと、自分も体験した理不尽な光景が目に入ってしまったのだ。



 そこで漸く分かった。

 どちらを引いても、この地獄は夢から抜け出さない限り終わらないのだと。

 そして、喜んでしまった自分への罰だったのかと思うほど残酷で、叫び声が聞こえなくなると、ワタシは再び目が覚め、次は涙だけを静かに流していたのだ。



(動悸が……これは駄目だ。狂ってしまう。今日はもう、寝るのはよそう)



 そう思って動画を見ながら眠気とたたかい、朝方まで我慢して起きていたが、日が昇ってきた安心感から油断して、またしても眠ってしまった。

 そして再び始まる地獄のゲーム。

 それからは何日も同じ夢を見て、眠りたくないと思っても、体は睡眠を欲した。

 そうしていくうちに、自分の行動範囲である部屋にいる事が憂鬱になり、ネットで楽しい事を探しても、今まで心が動いた物にも興味がなくなり、こんな自分は何をしているのだろうと思い始めていた。



 もうゲームでどうにかなろうとは思わない。

 ただ目が覚めた後の事を考えていた。

 逃避する事も、時には大事なのだろうが、逃げてばかりいては何も変わらない。

 自分が不幸だと思い込んで、人のことを考えられないのはどうなのだろう。

 人の不幸を喜ぶのは間違っている。

 自分と同じく苦しんでいる人達を見て、嬉しいと思うのは間違っている。

 どんなに辛く苦しい事を経験しても、それを支えてくれる家族がいて、それをいい事になんの努力もしないで逃げ続けるのは間違っている。

 どうにかして、切り開いていかなければ、それこそ死んでいるのと同じなのではないかと、ゴールを目指しながら考えていた。



 そして今回、ゴールした時には家族がいた。

 スタート地点で誰の顔も確認しなかったワタシは、ただ微笑んで見守ってくれている家族を見て、胸が苦しくなりつつもくじを引く。



「バツ」



「バツ」



「バツ」



 バツが続き、最後のワタシはマルなのだと、抵抗しない意思表示で割り箸を見せた。

 するとそこには、白色でマルと書いてあり、ワタシは家族に抱きしめられて目が覚めた。



 それ以降、ゲームの夢は見なかった。

 そしてワタシは社会復帰し、家族にも謝罪とお礼を言って、自分の気持ちを話した。

 僕はワタシになりたい。

 そう言った時、家族は驚きながらも「自分のしたいようにしなさい」と言ってくれたのだ。

 


 

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逃避 翠雲花 @_NACHI_

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